2017年4月24日 (月)

グランドキャニオン鉄道(その4)

終点のグランドキャニオンヴィレッジである。

ここの線路配置は大きなワイ(wye、あるいはtriangleとも言う、日本では何故かデルタ線と言っている)になっていて、列車ごと方向転換できる。グランドキャニオンヴィレッジの駅はそのワイの先端部にある。チャーター列車はもう一つの先端部に止められた。
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なお起点のウィリアムズには、駅と機関区の間にワイがある。

午後は天気が多少マシになったが、晴れ間は出ない。
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夕方最後の撮影場所になってやっと陽が差した。
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順光側から
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そしてシルエット
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夜景はティンバートレッスルと機関区の2カ所で計画していたのだが、時間的都合でティンバートレッスルだけに変更した。しかしこれも翌日回しに変更された。そこまでやっていると夕食が食べられないのである。田舎町のレストランは21時くらいに閉まってしまう。

あまらぼ鍋屋町

2017年4月22日 (土)

グランドキャニオン鉄道(その3)

この鉄道には沿っている道路はない。四駆を使えば所々にある踏切まで辿り着けないことはないのだが、そこで1カット撮って終了である。従って撮影のためには列車に乗って行ってフォトランバイと云う形態にならざるを得ない。ただ乗り撮影者を(ほぼ完全に)防げるので撮影企画者にも鉄道会社にとっても理想的である。

今回のフォトチャーターは2日間にわたって行われた。 

当初の計画は1日目が単機および重連、その夕方から夜間に夜タノ(夜景撮影)、2日目が単機での牽引の予定であった。しかし天気預報で1日目の天気が良くないことが判ったので、重連運転は2日目に変更された。夜タノについては後述します。

一日目の結果である。使用機関車は29

これはアルコの1906年製 製番29537 車輪配置は2-8-0 コンソリConsolidationである。レイク・スーペリア・アンド・イシュプミング鉄道Lake Superior and Ishpeming Railroad14号として新製、のちマーケット・アンド・ヒューロン・マウンテン鉄道Marquette and Huron Mountain(これは前者の支線を利用した観光鉄道)の29号となった。現在はグランドキャニオン鉄道の所有。

前述のとおり天気には恵まれなかった。吹雪になる(前週はそうだったとのこと)よりは遙かにマシなのだが。鱈の肝臓のオンパレード。最初のランバイ、晴れていれば左手からの半逆光で美しく編成が輝く筈であった。
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ランバイの為に列車を後退させる。まだ周囲が薄暗い中、オイルバーニング機独特の火室下の強烈な輝きが印象的であった。

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平坦に見えても路線は緩やかな上り下りを繰り返している。

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定期の観光列車をやり過ごす。観光列車の機関車は通常はアムトラックのセコハン、イカツイタイプである。このディーゼル機関車に変更したのは、ランバイへのサーヴィスとのこと、ディーゼル機関車もこのスタイルなら蒸機の傍を通っても違和感はない。ディーゼル機関車について調べようという気もなく、あくまでも印象だけで書いて申し訳ないことである、詳しい方のご教示をお願いしたいところである。

その後、チャーター列車を通過線側に戻して給水である。
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一日目の途中ですが、残りは続きに

あまらぼ鍋屋町

2017年4月20日 (木)

グランドキャニオン鉄道(その2)

蒸機チャーター撮影が終わった翌日の起点のウィリアムズの駅である。止まっているのは通常の観光列車である。もう撮影できない時は好い天気である。
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写真には見えないがこの右手奥にグランドキャニオン鉄道が経営するホテルがある。街にホテル、モーテルはたくさんあるが、車を使わなかった鍋屋町はまあ話の種と思ってそこを利用した。少々(でもないか)高かったが流石に快適であった。もちろん近くて何かと便利であったことは言うまでもない。

ホテルの庭にこのシェイが置いてある。
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ライマLima Locomotive Works(オハイオ)1923年製、製番3203 燃料として木材および石炭が使用可能

グランドキャニオン鉄道はおろかアリゾナ州で使われたわけでもない。最初はモンタナ州グリーナフGreenoughのアナコンダ・カッパー・マイニングAnaconda Copper Mining Co.で使われた。現在はアリゾナ州鉄道博物館の所有である。ウィリアムズはサギノー・アンド・マニスティー・ランバー社Saginaw and Manistee Lumber Company(本社はミシガン州)という会社がここに製材所を作ったことに始まるが、この会社はこれと同形機を使用していた。まあ非常に多くの会社がこの同形機を使用していたのであるが。

駅のプラットホームの東端には539号ミカドがある。
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解説板がなんとも邪魔である。しかも何も書かれていない。

アルコAlco1917年製 製番57954 元の所有はSpokane Portland & Seattle Railway, これはのちに他と合併してバーリントン・ノーザンになった。

駅から道路を挟んで東側にはヤードがあるが、当然立入禁止である。
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機関区はさらに先、車でないと行けないほど離れたところにある。

続く

あまらぼ鍋屋町

2017年4月19日 (水)

覇気ヘアー

再開してグランドキャニオン鉄道について載せ始めたばかりですが、ちょっと寄り道を。

友人があま市の某所に秘匿(「屋鋪要の保存蒸機完全制覇」NEKO PUBLISHINGにも載っていない)されていたD51827が有田川鉄道交流館に搬出 (416) されるので見に行こうと誘ってくれた。以前にも撮影のチャンスはあったが、あまりにも狭い所に保存されていて、巧く撮れなかった。

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/d51-587e.html

残念ながら保存庫の壁は最後まで残したままで搬出作業をするとのことで、今回も機関車をすっきりと撮影することは叶わなかった。
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それでサッサと諦めて、三岐鉄道三岐線の貨物列車(フライアッシュ・炭酸カルシウムの双方向輸送及びセメント輸送)と2フィート6インチ軌間のナローの同北勢線に向かった。

ここは思い立って独りでノンビリ出かけることもあるが、今回は友人の車なので双方を効率よく撮影できる。

今年は桜の撮影は諦めていたのだが、天候不順ゆえか、何とか桜と分かる程度の花が残っていて、この写真が三岐線で撮れた。
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しかし、一番期待していた北勢線のこの木はがっかりであった。キクモモ(ゲンジグルマ)という種だそうだが、花が上部にいくらか咲いているだけで側面は何もなくなっていた。
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厄介な国の若い指導者の髪型を思い出した。

一番の収穫は、凝らずにほんの少し高い所から撮ったこのショットだろうか。
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あまらぼ鍋屋町

2017年4月18日 (火)

グランドキャニオン鉄道(その1)

米語ではRailroadと名乗るところが多いが、ここはGrand Canyon Railwayである。

アリゾナ州のウィリアムズWilliamsとグランドキャニオンヴィレッジを結ぶ約64マイル(100km)の路線である。

終点のGrand Canyon Depot*はグランドキャニオンのサウスリムSouth Rimのすぐ近くにある。
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グランド・キャニオン・ディーポウ (蒸機運転日ではなくその翌日、蒸機の走らない日は当然ながら好天である)

鉄道に乗って何処かに行っても鉄道や車輛を見るだけで、その鉄道の本来の目的地を無視することが殆どである鍋屋町も大渓谷を見てきた。そんな慣れないことをするから大風邪をひいてしまったのだが。
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その風邪の成果である。

この路線はアッティソン・トピーカ・アンド・サンタフェ鉄道(ATSF)が1901年に開業した。例にもれず自動車との競争に敗れ68年に旅客営業を取りやめ、貨物営業も74年に終わった。

鉄道は88年に実業家に買い取られ、修復後の89年観光鉄道として再開された。

紆余曲折を経て現在通常はディーゼル機関車牽引であるが、蒸機も保有している。この蒸機を使用しての撮影用チャーター運転に参加したのである。

起点のウィリアムズ駅であるが、この駅には本線側の旅客列車は通らない。
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夕刻帰着したグランドキャニオン鉄道の列車。通常はAmtrakのお古のもっといかついディーゼル機関車であるが、蒸機チャーター運転時はサーヴィス?でちょっとクラシックなのを使用していた。(近代ディーゼル機関車のことを調べるのはメンドクサイので解説省略します)

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ウィリアムズを通過する貨物列車

キチンと数えたわけではないが、結構運転頻度があり、いずれも呆れるくらい長い列車である。

アムトラックのロスアンジェルスとシカゴを結ぶサウスウェスト・チーフSouthwest Chiefは少し離れたウィリアムズ・ジャンクションを通り、此処へはシャトルバス連絡をしている。今回私はアムトラックでロスアンジェルスから往復したのだが、往路は早朝下車、復路は夜乗車なので、少しでも車上の時間を確保する為フラグスタッフFlagstaff(ウィリアムズ・ジャンクションより少し東)からのシャトルバス連絡を利用した。車はバスと言うよりこのようなちょっと大きいワゴン車という感じであった。
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早朝のフラグスタッフ駅。

*:Depotは米語では機関区ではなく駅を指すことがほとんどで、ここもその例である。また日本のカタカナ語ではデポと言うが、実際はディーポゥと発音する(例外あり)。同様にBus Depotもバスターミナルである。

続く

あまらぼ鍋屋町

2017年3月27日 (月)

PCトラブルのため更新見合わせ

ブログ用に普段使っているPCのトラブルのため、更新を当面見合わせます

このモーバイルからならできるのですがやりにくいので

メイルのやりとりやブログを見ることには問題ありません

あまらぼ鍋屋町

2017年3月21日 (火)

ケーブルカー博物館

若い時には、というかかなり最近まで、海外で博物館(もちろん鉄道博物館)にはあまり食指が動かなかった。日本ならともかく貴重な時間と安からぬ金を掛けて海外で撮影する場合は、そんな時間があれば、少しでも走行写真を撮りたいと思っていたのである。しかし最近は考えが変った。残り時間を考えると、効率的にいろいろと‐特に基本的なことを逃さずに‐知識が得られ、良い本や資料が見つかることも多い博物館はできるだけ行ったほうがよい思うようになったのである。車輛の各部を細かく観察できるのもよい。

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前回
81年には当然ながらこの博物館は訪問しなかった。この博物館はケーブルカーのパワーハウスで、‐何と訳せばよいのだろうか、動力建屋*か-内部を安全な中二階の歩廊から直接見られるようになっている。
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ビームにそれぞれのケーブルの道路名が書いてある。

中二階のところに古いケーブルカーや多くの部品、写真などを展示している。ちらっと見えている車輛に近附くと

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サターストリート鉄道Sutter Street Railway 46号 grip car。さすがに観光都市でここも参観者が多く、お嬢さん(多分)が左に写っているが蒸機ではないので妥協した。

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同鉄道のトレーラー 54

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サンフランシスコ最初のケーブルカー会社クレイ・ストリート・ヒル鉄道Clay Street Hill Railroadgrip car 8号 これが唯一の生き残りとのこと

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地価の設備をガラス窓越しに見せている。ここから道路下へケーブルを送り出し、引き込む。

金網がどうしても写りこんでしまった。f値の小さいレンズを使えばもう少し目立たなくなるだろうが、こういうシーンは滅多にないので、その為に高価で重いレンズを購入するわけにもいかない。ご容赦を。


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パワーハウスの北側は一体建物の続きで車庫である。残念ながら立入禁止。見たところ業務用車輌や(おそらくは)従業員の車の駐車が多くて撮影は難しいだろうが。やはり華人が多いのだろう、漢語(漢族の言語、所謂中国語)の表記が繁体字で面白い。**


博物館の開業は
74年である。82年からの大改修の時にはこの建物に限らず、外部外壁は保たれて内部を改修している。街並みに溶け込んだ雰囲気が良い。某国ではこういう時につまらないコンクリート建物にしてしまうことが多いが。

博物館には売店もある。実はここでSan Francisco Grippersという写真集を見附けられないかなあと淡い期待を抱いて行った。前回訪問時にどこかの書店で見て、良いなあと思ったのだが、価格もさることながら、大部の本でその後持ち歩くのも大変なので諦めたのである。

サンフランシスコではケーブルカーの運転手はdriverなどではなく grip manという。たしかにdriveするのはパワーハウスにある動力源であり、それを伝えるケーブルである。車輛側では掴むだけだから理屈に合っている。その本ではgrip manではなく、上述のようにgripperとしていた。

*:東日本大震災以来一般の単語に昇格?した一つが建屋というギョーカイ用語であろう。

鍋屋町はいつも使っていたのでギョーカイ用語という認識はなかったが。

**:写真を拡大しても見えないかもしれないので注記します。

建物に張り附けてある黄色の注意札に「 當心纜車」とある。當は当の正字、䌫(ラン)は綱、縄つまりケーブルのこと、

餘談だが、電纜は電気ケーブルである。「XX電線電纜」などと言う渋い名前の会社もあったが今はもうカタカナのチャライ名前に変えてしまっただろうか?

あまらぼ鍋屋町

2017年3月19日 (日)

サンフランシスコのケーブルカー

サンフランシスコのケーブルカーに就いて、今更ご紹介の必要はないとは思うが、いきなり写真を羅列するだけではあまりにも能がないので、簡単に書いておきます。

ここのケーブルカーは地下に敷設され循環しているケーブルを車輛側から掴み移動していく方式であり、日本語では循環式と称している。それに対してケーブルの両端に車輛を固定して上下させるもの(よく見るやつです)は交走式という。なお英語のcable carは日本でいうロープウェイaerial tramを指すこともあるので要注意である。

最初の線の開業は1873年、その後どんどん増えて最盛期には8社もあった。軌間も現在残る3フィート6インチ以外に5フィートや標準軌があり、ケーブルのグリップ方式も今とは異なる方式もあった。後者のグリップ方式では分岐が渡れなかったので今の方式が普及したとのことである。

1906年のサンフランシスコ大地震でケーブルカーシステムも大きな被害を受け、多くがトロリーバスに変った。第二次大戦後全廃という動きもあったが、反対運動により全廃を免れている。

現在の路線はカリフォルニア・ストリート線California St. line、パウエル-メイソン線Powell-Mason line、パウエル-ハイド線 Powell-Hyde lineの3つである。後二者はパウエル通りの路線を共用している。

前回の小生の訪問は81年であったが、その後82年から84年にかけてシステムを休止して大改修が行われた。

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パウエル-ハイド線の北端ビーチBeachにて

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年前も撮影したが、やはりサンフランシスコ湾、アルカトラズ島(軍事要塞、刑務所として有名、現在は観光地)をバックに撮影するのが一番見栄えがする。何か建物の修理だろうか、白いカヴァーが目だって残念である。

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これはカリフォルニア・ストリート線である。バックにベイブリッジが見える。もう少し良い場所を探したかったが、ケーブルカー博物館で時間を取りすぎて夕方遅くなってしまった。博物館は次で書きます。

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パウエル-メイソン線、パウエル-ハイド線の車輛は片方向にしか走れないので、路線の両端に転車台があり方向転換する。マーケット・ストリートにて。この辺りなら大丈夫とは思うが、観光地の都市で日没後にウロウロしたくはないので退散した。

あまらぼ鍋屋町

2017年3月14日 (火)

サンフランシスコの路面電車 その3

PCCだけではなく、このピーター・ウィットPeter Witt Carもある。

クリーヴランド(オハイオ州)のCleveland Railway CompanyPeter Wittが開発・導入したものである。

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中央の大きな扉が特徴なのであるが、こちら側にはない。

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これならその中央ドアが分かる。後ろが駐車場ビルと場所の選定を誤ったが、やり直しをする時間的余裕は無かった。

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これは教習中、運転訓練だろうか。この写真はエンバルカデロにて。

いずれもミラノ(イタリア)の車である。

歩き続けてフィッシャーマンズワーフのケーブルカー近くまで来てしまい、路面電車には乗るチャンスを逃したのである。

次はついでだからケーブルカーをご覧いただき、その後に(主たる目的として行った)グランドキャニオン鉄道の蒸機運転にしましょうか。

あまらぼ鍋屋町

2017年3月13日 (月)

名古屋ウィ<ミ>ンズマラソン

どうでもええことで割り込み

昨日は「名古屋ウィメンズマラソン」とか。スポーツには興味も関心も全くないのだが、すぐ近くの道路も塞がれるので名前くらいは知っている。もちろん現場に見に行ったことはない。

以前は「名古屋女子マラソン」と言っていたと記憶している。なぜカタカナにしたのだろう?女子ではオバサンが参加しにくいから?それとも単にカッコエエから?

しかし、この呼び方書き方は少々カッコ悪い。誰が決めたのか知らないが、(少なくとも名古屋の)英語の先生は苦情を言うべきであろう。

 women は カナ書きするならウィメンよりも、ウィミンのほうがよい。oのところとeのところは同じ音である。

以前書いたかもしれないし、結構有名な話だと思うが、ジョージ・バーナード・ショーは 英語の綴りと発音の関係の無茶苦茶さに呆れ、皮肉を込めて、「ghoti で フィッシュ と読め」と書いた。

gh」がフfの音になるのはよくある。<tough>、<laugh>

ti」がシュshの音になるのは <station> など。これも多い。 

しかし「o」がイになるのは、フツーの英単語としてはこれが唯一である。

(唯一と書いたが、唯半分が正確かもしれない。単数形 woman はウーマン なのでoの部分はウーと発音する。これもどちらかと言えば少数派)

あまらぼ鍋屋町

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