2018年9月17日 (月)

新駅になると遠くなるのは何処も同じ?

またまたタイ13

バーンスーから北線のランシットRangsit*まで、ダークレッドライン建設と国鉄北線の高架化工事が進んでいる。ダークレッドラインは当面の建設はバーンスーとランシットの間であるが将来的には北にも南にも延長が考えられているようである。そして驚くことに(失礼)国鉄の運営となる。

人が平然と線路を歩いているのんびり国鉄SRTがと思うが、実は全線高架、線路内の立入なぞあり得ないし駅構内(あるいはその外側でも)全面撮影禁止のエアポートリンクも国鉄の運営なのである。

さて、そのダークレッドラインの途中駅の一つにドンムアンDon Muang**がある。バンコクのかつての国際空港、今も一部の近隣国への路線と大部分の国内線が発着しているドンムアン空港への駅である。
20180722p7222286現在の駅はこの通り。駅の北側から見ている。画面上半分を占めている構造物は空港ターミナルビル(画面に入っていないが左側(東側)にある)から道路、国鉄、再び道路を跨ぎ空港直結の高級ホテルを結ぶ通路である。もちろん道路や国鉄に降りる階段やスロープも設置されている。極めて便利である。

しかし現在はドンムアン空港に着いてSRTでバンコク都内へ向かおうとするのは、物好きな鉄道ファンか徹底的に出費を抑えたいバックパッカーくらいである。本数も所要時間もまったく他の交通機関の競争相手にならない。

 

南側からぐっと離れて見るとこの通り。

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上の写真の場所からさらに少し南の位置から南向きに撮影したのが下の写真である。なんと新しいドンムアン駅はこんに離れた所になるのだ。道路を挟んで東側(画面の外、左側)にある空港ターミナルビルが終り、その南側に続いている駐車場ビル(同じく画面の外、左側)も終わろうかというところにある。
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何故この
位置ではなければならないのか理由は知らない。歩くのが嫌いで近距離でもトゥクトゥク(三輪タクシー)やモーターサイ(バイクタクシー)を使うタイ人には良い運動になるのは確かだ。タイ国保健省が国鉄に要請したのではと勘繰りたくなる。

*:ランシットには日本製のミカドの静態保存があり、これが果たして静態保存と言えるのかとの疑問もあるが、見に行ったことがある。
 http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-f564.html

**:Don Mueangの表記も見る。タイ文字からラテン文字への転写は一定していないところがある。本稿では建設中の新駅外面の標記にあわせた。

あまらぼ鍋屋町

2018年9月15日 (土)

どっこい生きていたヘンシェルのディーゼル機関車

またまたタイ12

蒸機特別列車の客車が替ったのには大変落胆したが、帰途思わぬものに出くわした。
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翌日は他用があったので翌々日に行ってみたが、同じ場所にまだ居た。チアンラック駅Chiang Rakである。

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この機関車はヘンシェルHenschel1960年代に製造した流体式のディーゼル機関車である。数年前*に南線のスラートターニー駅 Surat Thani で入換にまだ残っていたのを撮影できたが、走行シーンは見たことが無い。2年ほど*後に行った際には無くなっていた。

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さて、機関車は
12と附番されている。こんなシールが貼ってあるので、現在はタイ国鉄所属ではなくこの建設会社の所有のようだ。Italian-Thai Development、略称ITDといいタイでは最大の総合建設会社である。

残念ながら機関士も他に居た関係者も全く英語ができない。己がタイ語ができないのが悪いのだが、全く事情が分からないのがもどかしい。12とあるからには11あるいは10もあるのだろうか?

内部を見せてもらうと

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外部にあるメーカーズプレートの写真は上の右である。何故か機関士が製番は4桁と言い張って(もちろん身振りで)いたが、このようの斜めに見るとはっきり5桁で
309171964年製とわかる。元国鉄の3023であることは間違いなさそうだ。

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駐機していたのは一番西の線であった。一旦一番東の線まで轉線してから少し南のランシット
Rangsitまで移動するとのことだったが、何時間も待った挙句国鉄側から許可が出ないうちに昼休みになり誰も居なくなった。

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走行を撮影したかったが、蒸機なら兎も角、、、、、と諦めてしまい、空き腹を抱えてバンコクに戻った。

蛇足

*数年というと私などは45年くらいの感覚で使い、それが常識と思っていたのだが、最近は23年の意味で使う人が増えているらしい。そのように理解・使用する方にとってはこの文章はオカシイと思われるだろう。そういえば英語の a couple of XXというのは23のという意味で使われることが多い、三角関係ではあるまいし、カップルなら2に決まっているではないかと思うのだが。

餘談

スラートターニーに行ったのは、実はスラートターニーの一つ北のバーントゥンポー駅 Ban Thung Pho Jn. から西にでてキーリーラッタニコム駅 Khiri Ratthanikhom に至る約30㎞の盲腸線キーリーラッタニコム支線の列車に乗る為であった。この支線はパンガー湾のターヌンまで、さらにはプーケット島までの路線として計画されたが、途中で力尽きたのである。

私が行った時にはすでに一日一往復まで減便されていて、早朝キリラータニコムを出てスラートターニーまで来て、夕方キリラータニコムに戾る運用であった。そしてこの間にはバスなどもなく(だから鉄道が残っているのだが)終点キリラータニコムには宿泊施設が無いという難物であった。しかし行ってみるとセヴンイレヴンはあった。

なお、「中華特急のスローライフ」にこの支線にC56が活躍した頃の写真が載っている。(92日掲載)https://nkurashige.wordpress.com/

早くから海外に目を向けた方の成果は素晴らしいなあ、と感嘆している。

あまらぼ鍋屋町

2018年9月13日 (木)

客車が替った 国王誕生日の蒸機列車

またまたタイ11

滞在中に新国王(といっても即位後もう2年近くになる)誕生日728日があり、蒸機列車がクルンテープ駅~アユッタヤ駅に運転された。

従来は通常の客車編成であったが、なんと今回から(<多分)JR西のお古を改造したエアコン編成に替ってしまった。24系だろうか、私の嫌いな車輛である。

私の美意識に反するものは載せたくないが、証拠写真として当該車輛ができるだけ目立たないものをいくつか挙げておく。

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前々回にご紹介したサームセン駅プラットホームからである。

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後続の急行列車に乗ると、単線並列なので走行中にゆっくりと追い抜いた。日頃デジカメについてボヤイテいるが、背面液晶が自由に動く機種はこういう時には有難い。我ながら勝手なものである。


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アユッタヤ駅Ayutthayaでの機関車轉線である。この特別列車は常に蒸機2輌のトンボ重連で運転される。アユッタヤ駅にも、チャチューンサオ駅Chachoengsao Jn.にも(東線に運転される場合)、ナコーンパトム駅Nakhon Pathomにも(南線に運転される場合)ターンテーブルも三角線も無いためである。

20180728dsc_2695以前バンコク在住時に、アユッタヤまで運転されたのを撮影した際には消防車による給水であったが、現在アユッタヤ駅のその場所が保線車輛で塞がれているためであろう。給水のための列車が仕立てられていた。

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小振りのパシフィックでもスポーク動輪が美しく好ましい。アメリカ型巨人機以外、ボックスポーク(箱型輪芯)の動輪はどんな蒸機にも似合わないというのが鍋屋町の頑固な意見である。


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帰途バーン・パイン駅Bang Pa-In にて停車していたのに後続の快速列車(画面右)で追いついた。ローカル駅なのに観光客が群がっていた。線路に平然と入れるおおらかさは有難い。

あまらぼ鍋屋町

2018年9月11日 (火)

サームセンからバーンスーまで

またまたタイ10

サームセンSam Sen からさらに北に進む。新バーンスー駅からの高架が地平に降りてくる取付け部の建設が進んでいた。将来的にはこれを使って東線の列車が新バーンスー駅に出入りするのであろう。
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写っているのは現バーンスー駅Bang Sue Junctionからクルンテープ駅に向かう廻送列車である。

この辺りにプラ・ディパットPra Diphat 停車場があるとされるのだが、現地を歩いた際には見逃してしまった。あるいは工事で一時的にホームが無くなっていたのか。

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少し先に北に進むと高架は上下線が一体となる。通過していくのは東線に入る貨物列車である。新駅完成後も貨物列車は地平設備を使うのだろうか。


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在来の線路は直進して現バーンスー駅に向かうが、高架線はゆったりと少し東に、そのあとSカーヴとなって新バーンスー駅に入る。列車は現バーンスー駅から南下してきた北線の快速列車である。

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右奥に新バーンスー駅、左奥に現バーンスー駅が見える。「小父さん、せめて犬走りを歩いて下さい!」


あまらぼ鍋屋町

2018年9月 6日 (木)

サームセン駅と周辺

またまたタイ9

チットラッダー王室駅を指をくわえて横目に見て先(北)へ暫く歩くと、すぐ東側に道路が沿ってスッキリ開けたところにでる。ただし街路灯が並んでいて邪魔で、避けるためにはモッタイナイが前勝ちに撮るしかない。
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バーンスーへの廻送列車である。先頭のディーゼル機関車は日立製であるが、中華人民共和国中車製の寝台編成に合わせて塗色変更された。しかし塗色変更したものが専用に使われるわけではなく、このように機関車と客車が揃うのは半数もない。

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小さなドブ川を渡る北線の各駅停車。


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更に少し北に進むとサームセン駅に着く。これはホームから。立ち位置を選べば樹が後ろの建物や派手な看板を隠してくれる。完全にはできないが。


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サームセン駅の跨線橋から。クルンテープ行列車を後追いで見ている。最後尾に廻送の機関車を附けてトップアンドテイルとなっている。*

鉄筋むき出しの柱が幾つか見えているが、以前計画され途中まで工事されたが放棄された高架工事のものである。請け負った香港の会社がHopewellという名称だったので、タイの英語鉄はホウプレス・ピラーHopeless Pillarsと呼んでいる。


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反対方向を見るとこの通り。

皆平気で線路を渡るし、それが黙認どころか、渡り板や柵の開口部まで整備されている(列車が接近すると係員が閉める)ので、跨線橋を渡る人は全く居ない。跨線橋は撮影専用である。渡り板と柵の開口部はちょっと判りにくいが丁度機関車の所にある。

大きくはないが全列車が停車する駅なので、駅前にタクシーが待っている。歩くのが面堂になって日によってはタクシーでBTSの駅まで戻った。タクシーに乗るのに罪悪感を抱く鍋屋町が歩くのが嫌になるのはタイに慣れた証拠か?

*:このように前後に機関車を附けた編成をプッシュプルと云うのは和製英語である。

あまらぼ鍋屋町

2018年9月 4日 (火)

北線 ヨムマラート駅と周辺

またまたタイ8

変形交叉点上で東線が分れていったあとすぐ北にこのヨムマラート駅Yommaratのホームがある。

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北側から見ている。右はバーンスーへの廻送列車、左はクルンテープ駅に向かうおそらく南線からの夜行列車である。


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この辺りは鶏を飼っている人が居る。このように鳥籠を使って鶏を外に出す必要性が何かあるのだろうか?時間は短く、しばらくすると鳥籠はとりこまれてしまう。


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車道側から撮るとちょっと公園の中を行くような感じに誤魔化せる。

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この写真の左側で東線から北線への連絡線が合流する。

その先にチットラッダー王室駅
Ho Praje Chit Lada がある。美しい駅舎だが、撮影厳禁なので写真をご覧いただけないのが残念である。鉄道としては無人駅であるが警備員が四六時中見張っている。

つづく

あまらぼ鍋屋町

2018年9月 2日 (日)

三角線利用の方向転換

またまたタイ7

回書いたように、北線と東線で三角線を構成しているので、このような光景も稀に見られる。


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片運転台の特急用気動車一輌がGEのディーゼル機関車を従えてクルンテープ駅から出てきて北線を北上する。運転台は北側である。

北線のおそらくはバーンスーで折り返し、東線へ入りマッカサンで再度折返したのであろう。
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東線から北線への連絡線を南下する。


20180725p7252522_blog運転台は南側となって、クルンテープ駅に向かう。

ちなみにこの気動車は“長距離”特急用なのに愛称?はスプリンターSprinterである。

あまらぼ鍋屋町

2018年8月31日 (金)

東線最初の駅 ウルポン停車場

 

またまたタイ6

道路の変形交叉点上で北線から別れてきた東線であるが、
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このような所を通った後、すぐにウルポン停車場
Urupongがある。

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ホームともいえないガタガタの通路であるが、ここがウルポン停車場である。画面右に右奥へ向かう線路が見えるが、これもこの奥で北線に合流する。すなわち、クルンテープ駅に入らずに、東方面と北方面の連絡ができている。(つまりここで三角形の線路を構成している。)この線路を走るのは貨物列車が主であるが、一日一本だけ片道東方向の旅客列車が早朝にある。

上の写真から少し東で東方向を見たのが次である。
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画面左奥に見える高いビルはバイヨークタワーIIで高さ304m、長らくつい2年前までバンコク一高い建物であった。最上部に展望台とレストランがある。下を通る東線やスワンナプーム空港からパヤタイ(ここでBTSに連絡)までを結んでいる高架鉄道のエアポートリンクを見ることができる。ホテルもあるが値段も高いので泊まったことない。

上述の東方面と北方面の連絡線を西方向に走る貨物列車である。
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エアポートリンクはパヤタイから更に延長される計画があり、この辺りの光景も何年か先には大きくかわると考えられる。

上の写真の列車とは逆方向に北線から分岐して東線へ入ろうとする貨物列車が次である。ここも踏切である。
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更に進むとこのような所を渡り、その後東線に至る。踏切だらけである。
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つづく

あまらぼ鍋屋町

2018年8月29日 (水)

変形交叉点上の北線東線分岐

またまたタイ5

クルンテープ駅からでた線路は真北から少し北北東へ傾いた方向に直進している。その3の写真でカーヴが見えるとおりで、道路がオーヴァクロスしたすぐ北側で北北東に少しだけ向きを変える。その4でご紹介したセンセープ運河を渡ると、北線はそのまま直進するが、東線が東へ別れていく。

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北側から見たところ。クルンテープ駅から出てきた東線の列車が線路を渡って一番東の線に移る。東線が離れはじめるところは大きな踏切となっている。しかもここは道路側も変形交叉点*となっている。列車優先で遮断機を下すのではなく、信号の合間を見て警手が注意しながら遮断機を下す。このやり方はクルンテープ駅からバーンスー駅までいずれの踏切でも同様である。

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線路西側から見る。中華人民共和国の中車製最新寝台車による夜行列車が終着クルンテープ駅にむかう。

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東線の列車がクルンテープ駅に向かう。


北線の列車がクルンテープ駅に向かう。北東線の全列車も南線の一部を除く列車も通るので、これらのどちらかかもしれない。

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蛇足
*これが本来正しい「こうさてん」の漢字表記である。「又」ではなく「叉」。前者は「再び」の意、後者は「さすまた」あるいは「分岐点」の意。「差」は「ちがい」「あやまり」、日本語用法として「差す」。「交差」では言葉として意味をなさない。「叉」という漢字を排除したいがために、誤りで意味をなさない書き方に替えることを国民に強制した。戦後の愚民政策漢字制限による表記改悪の好例!?と言える。

 

あまらぼ鍋屋町

2018年8月27日 (月)

運河の都

またまたタイ 4

バンコクは運河の都である。あった、と言った方が今や正しいかもしれないが、かつてはバンコクには網の目のように運河があり水運が盛んであった。現在はもう激減して、中心部で実用に大いに役立っているのは下に写真をご紹介するものくらいである。ただチャオプラヤ川右岸(西岸)では、まだかなりの運河が実用にも観光にも供されている。

その2でご紹介したフライオーヴァの少し北に国鉄線が汚い川を渡るところがある。


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このドブ川はセンセープ運河
Khlong Saen Saepという。チャオプラヤ川と東部のプラチンブリやチャチューンサオを結ぶ全長72kmの運河で、バンコク都内の一部で水上バスが運行されている。東京への一極集中よりもっと極端なバンコク一極集中のため、都内および近郊の朝夕の交通渋滞はすさまじい。この水上バスは渋滞をバイパスして都内を東西に移動するには便利な存在なのだが、乗り降りが怖いし水はメチャメチャ汚いしで、バンコク在住時もその後の訪問でも利用したことは無い。鉄道なら少々(でもないか)のことは恐れずに挑戦するが舟はまあどうでもいい。

上述のように運河には水上バスが走り他に観光ボートや小貨物輸送の舟もある。国鉄は、北線、北東線、南線、東線ほぼ全ての発着があり、バーンスーとの間の回送列車もある。

しかしこれだけ舟と列車が多くても両者のタイミングはなかなか合わず、一枚の写真に収めることは出来ないまま時間が過ぎた。腹も減ったし、もう合成で誤魔化そうかと思った時にこれが撮れた。
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日車の気動車ではイマイチなので更にねばった。しかし汚い水にオオトカゲは泳いでいたが2匹目の泥鰌は居なかった。


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