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2017年4月

2017年4月30日 (日)

グランドキャニオン鉄道(7) 夜タノ

前々回書いたように、初日夜に予定していた夜タノ(夜間撮影)は二日目の夜に延期された。初目の夜に鉄橋の夜撮だけ行うと一旦発表されたが取り消された。

二日目の日没撮影には初日よりもかなり起点ウィリアムズに近い起点が選定された。夜撮開始をできるだけ早くするためである。

一旦ウィリアムズに戻り、夜撮に参加しない人を降ろす。メイン州のトゥーフーター撮影でもそうであったが、夜景まではやらないという人は結構いる。折角に機会なのにモッタイナイと思うのだが。

まずは鉄橋(鉄道橋の意味である、ティンバートレッスル(木橋)で、ウィリアムズから67kmほどのところにある。列車はワイ(デルタ線)で方向転換をして、そこまで走る。

現場にはすでに大型ストロボが何基も設置済みで、我々を降ろした後列車は木橋の上に後退する。

撮影企画者から、ISO感度と絞り地がアナウンスされて撮影開始である。
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ストロボなので暗い状態でピントを合わせなければならず、非常にむつかしい。

ずっと同じ位置で撮る人もいるが、足元真っ暗な中で動いて画角を変える人が多い。かくいう鍋屋町もそうである。最初の位置は2輌目のカマが被写界深度に入らなかったので左に動いてサイド気味にした。それでもよーく見ると外れている。こういう時にはシフトレンズを使いたいがアオリ操作に時間がかかるので団体行動では無理である。それに一眼レフ用のシフトレンズは蛇腹カメラより操作が面倒なのである。慣れの問題もあるが、基本的には原理的なというか構造の問題である。図を使わずに説明するのは難しいし、興味をもたれる方も殆どいらっしゃらないだろうから省略する。
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ストロボのメリットとして(定常光と違って)湯気、煙を止めての撮影もできた。

次いで機関区での撮影である。列車で行くと撮影後に参加者をまた駅まで送り届けなければならない(すなわち乗務員などの勤務時間が伸びる)ので機関区へは各自車で行く。列車は一旦駅に戻って皆を降ろし、機関区に向かい機関車は外して撮影位置に移動させる。

この撮影の為に車が必要ということは案内にはそこまでは書いておらず、鍋屋町の想定外であった。だからアムトラックで来たのだが。
参加者の中には友人知り合いが何人もいたのだが、皆夜撮をしない人であった。するつもりだったが二日目夜に変更されたのでスケジュール上参加できないという人も多かった。

実は鍋屋町も二日目は夜撮が無いからその夜のアムトラックでロスアンジェルスに戻ろうかと考えていたのだが、ひょっとして撮影が遅くなるとか、蒸機がトラブルを起こすとかすると後の行程がガタガタになるので一日余裕をとったのである。

ともかくアメリカ人参加者の一人に乗せてもらって機関区に行った。

ここでの撮影はストロボではなく定常光である。ピントは合わせやすいが、蒸気(湯気)・煙は流れた状態でしか撮れない。それで主催者も足回りからほとんど出さないように乗務員に指示した。もちろん反対側からストロボを使えば煙を止めた状態の写真ができるのだが、そこまでは主催者は準備しなかった。
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結局終了は21時をはるかに過ぎ、まともなレストランでの夕食は無理で、コンビニのサンドイッチとなった。

グランドキャニオン鉄道はこれで終わります。

次は英国の報告にするかな

あまらぼ鍋屋町

2017年4月28日 (金)

グランドキャニオン鉄道(その6)

重連ばかりではなく追い抜きシーンの再現も行った。
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定期観光列車をやり過ごして
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再度重連運転として
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夕方のシルエットまで楽しんだ
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運転する側もフォトランに慣れているのであろう、重連の煙の上がり方も上手く揃って綺麗であった。勿論各撮影地点で最低2回は繰り返したのではあるが。

そして夜タノに臨む

続く

あまらぼ鍋屋町

2017年4月26日 (水)

グランドキャニオン鉄道(その5)

2日目である。日の出の時刻に良い撮影ポイントに到着しなければならないので、今日も早朝の出発である。

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しかし、鱈の肝臓、假定法過去完了の世界であった。

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そのうちに日射がでてきたが、空はまだ雲が一杯だ。蒸機はサイドヴューが最も美しいと信じる鍋屋町はこういう写真が好きである。もちろん動輪はスポーク動輪でなければならない。

機関車は4960 1923年製ボールドウィン製のミカド(車輪配置2-8-2)製番56809

バーリントン鉄道(正式名称Chicago, Burlington and Quincy Railroad)への新製配置であった。この鉄道はのちにノーザンパシフィック鉄道、グレートノーザン鉄道、スポゥケイン・ポートランド・アンド・シアトル鉄道Spokane Portland & Seattleと合併してバーリントン・ノーザンとなり、さらにアッティソン・トピーカ・アンド・サンタフェ鉄道(ATSF)と合併して現在はBNSF鉄道となっている。

待望の重連運転である。29号機は先に出場していてPassing Loop(側線)のあるウィラハWillahaで待っていた。

先へ進んでカーヴと勾配区間で俯瞰撮影である。雪が残っているのは前週の吹雪のおかげとのこと。
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もう少し上から撮りたかったが、時間的にこれが限度であった。よく利用するドイツのツアーとは異なり、適当に妥協する方が多く、撮影企画者兼ツアリーダは皆さんを煽て叱咤激励して線路際からこちらまで連れてきた。

つづく

あまらぼ鍋屋町

2017年4月24日 (月)

グランドキャニオン鉄道(その4)

終点のグランドキャニオンヴィレッジである。

ここの線路配置は大きなワイ(wye、あるいはtriangleとも言う、日本では何故かデルタ線と言っている)になっていて、列車ごと方向転換できる。グランドキャニオンヴィレッジの駅はそのワイの先端部にある。チャーター列車はもう一つの先端部に止められた。
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なお起点のウィリアムズには、駅と機関区の間にワイがある。

午後は天気が多少マシになったが、晴れ間は出ない。
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夕方最後の撮影場所になってやっと陽が差した。
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順光側から
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そしてシルエット
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夜景はティンバートレッスルと機関区の2カ所で計画していたのだが、時間の都合でティンバートレッスルだけに変更した。しかしこれも翌日回しに変更された。夜景までやっていると夕食が食べられないのである。田舎町のレストランは21時くらいに閉まってしまう。

あまらぼ鍋屋町

2017年4月22日 (土)

グランドキャニオン鉄道(その3)

この鉄道には沿っている道路はない。四駆を使えば所々にある踏切まで辿り着けないことはないのだが、そこで1カット撮って終了である。従って撮影のためには列車に乗って行ってフォトランバイと云う形態にならざるを得ない。ただ乗り撮影者を(ほぼ完全に)防げるので撮影企画者にも鉄道会社にとっても理想的である。

今回のフォトチャーターは2日間にわたって行われた。 

当初の計画は1日目が単機および重連、その夕方から夜間に夜タノ(夜景撮影)、2日目が単機での牽引の予定であった。しかし天気預報で1日目の天気が良くないことが判ったので、重連運転は2日目に変更された。夜タノについては後述します。

一日目の結果である。使用機関車は29

これはアルコの1906年製 製番29537 車輪配置は2-8-0 コンソリConsolidationである。レイク・スーペリア・アンド・イシュプミング鉄道Lake Superior and Ishpeming Railroad14号として新製、のちマーケット・アンド・ヒューロン・マウンテン鉄道Marquette and Huron Mountain(これは前者の支線を利用した観光鉄道)の29号となった。現在はグランドキャニオン鉄道の所有。

前述のとおり天気には恵まれなかった。吹雪になる(前週はそうだったとのこと)よりは遙かにマシなのだが。鱈の肝臓のオンパレード。最初のランバイ、晴れていれば左手からの半逆光で美しく編成が輝く筈であった。
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ランバイの為に列車を後退させる。まだ周囲が薄暗い中、オイルバーニング機独特の火室下の強烈な輝きが印象的であった。

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平坦に見えても路線は緩やかな上り下りを繰り返している。

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定期の観光列車をやり過ごす。観光列車の機関車は通常はアムトラックのセコハン、イカツイタイプである。このディーゼル機関車に変更したのは、ランバイへのサーヴィスとのこと、ディーゼル機関車もこのスタイルなら蒸機の傍を通っても違和感はない。ディーゼル機関車について調べようという気もなく、あくまでも印象だけで書いて申し訳ないことである、詳しい方のご教示をお願いしたいところである。

その後、チャーター列車を通過線側に戻して給水である。
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一日目の途中ですが、残りは続きに

あまらぼ鍋屋町

2017年4月20日 (木)

グランドキャニオン鉄道(その2)

蒸機チャーター撮影が終わった翌日の起点のウィリアムズの駅である。止まっているのは通常の観光列車である。もう撮影できない時は好い天気である。
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写真には見えないがこの右手奥にグランドキャニオン鉄道が経営するホテルがある。街にホテル、モーテルはたくさんあるが、車を使わなかった鍋屋町はまあ話の種と思ってそこを利用した。少々(でもないか)高かったが流石に快適であった。もちろん近くて何かと便利であったことは言うまでもない。

ホテルの庭にこのシェイが置いてある。
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ライマLima Locomotive Works(オハイオ)1923年製、製番3203 燃料として木材および石炭が使用可能

グランドキャニオン鉄道はおろかアリゾナ州で使われたわけでもない。最初はモンタナ州グリーナフGreenoughのアナコンダ・カッパー・マイニングAnaconda Copper Mining Co.で使われた。現在はアリゾナ州鉄道博物館の所有である。ウィリアムズはサギノー・アンド・マニスティー・ランバー社Saginaw and Manistee Lumber Company(本社はミシガン州)という会社がここに製材所を作ったことに始まるが、この会社はこれと同形機を使用していた。まあ非常に多くの会社がこの同形機を使用していたのであるが。

駅のプラットホームの東端には539号ミカドがある。
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解説板がなんとも邪魔である。しかも何も書かれていない。

アルコAlco1917年製 製番57954 元の所有はSpokane Portland & Seattle Railway, これはのちに他と合併してバーリントン・ノーザンになった。

駅から道路を挟んで東側にはヤードがあるが、当然立入禁止である。
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機関区はさらに先、車でないと行けないほど離れたところにある。

続く

あまらぼ鍋屋町

2017年4月19日 (水)

覇気ヘアー

再開してグランドキャニオン鉄道について載せ始めたばかりですが、ちょっと寄り道を。

友人があま市の某所に秘匿(「屋鋪要の保存蒸機完全制覇」NEKO PUBLISHINGにも載っていない)されていたD51827が有田川鉄道交流館に搬出 (416) されるので見に行こうと誘ってくれた。以前にも撮影のチャンスはあったが、あまりにも狭い所に保存されていて、巧く撮れなかった。

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/d51-587e.html

残念ながら保存庫の壁は最後まで残したままで搬出作業をするとのことで、今回も機関車をすっきりと撮影することは叶わなかった。
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それでサッサと諦めて、三岐鉄道三岐線の貨物列車(フライアッシュ・炭酸カルシウムの双方向輸送及びセメント輸送)と2フィート6インチ軌間のナローの同北勢線に向かった。

ここは思い立って独りでノンビリ出かけることもあるが、今回は友人の車なので双方を効率よく撮影できる。

今年は桜の撮影は諦めていたのだが、天候不順ゆえか、何とか桜と分かる程度の花が残っていて、この写真が三岐線で撮れた。
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しかし、一番期待していた北勢線のこの木はがっかりであった。キクモモ(ゲンジグルマ)という種だそうだが、花が上部にいくらか咲いているだけで側面は何もなくなっていた。
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厄介な国の若い指導者の髪型を思い出した。

一番の収穫は、凝らずにほんの少し高い所から撮ったこのショットだろうか。
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あまらぼ鍋屋町

2017年4月18日 (火)

グランドキャニオン鉄道(その1)

米語ではRailroadと名乗るところが多いが、ここはGrand Canyon Railwayである。

アリゾナ州のウィリアムズWilliamsとグランドキャニオンヴィレッジを結ぶ約64マイル(100km)の路線である。

終点のGrand Canyon Depot*はグランドキャニオンのサウスリムSouth Rimのすぐ近くにある。
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グランド・キャニオン・ディーポウ (蒸機運転日ではなくその翌日、蒸機の走らない日は当然ながら好天である)

鉄道に乗って何処かに行っても鉄道や車輛を見るだけで、その鉄道の本来の目的地を無視することが殆どである鍋屋町も大渓谷を見てきた。そんな慣れないことをするから大風邪をひいてしまったのだが。
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その風邪の成果である。

この路線はアッティソン・トピーカ・アンド・サンタフェ鉄道(ATSF)が1901年に開業した。例にもれず自動車との競争に敗れ68年に旅客営業を取りやめ、貨物営業も74年に終わった。

鉄道は88年に実業家に買い取られ、修復後の89年観光鉄道として再開された。

紆余曲折を経て現在通常はディーゼル機関車牽引であるが、蒸機も保有している。この蒸機を使用しての撮影用チャーター運転に参加したのである。

起点のウィリアムズ駅であるが、この駅には本線側の旅客列車は通らない。
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夕刻帰着したグランドキャニオン鉄道の列車。通常はAmtrakのお古のもっといかついディーゼル機関車であるが、蒸機チャーター運転時はサーヴィス?でちょっとクラシックなのを使用していた。(近代ディーゼル機関車のことを調べるのはメンドクサイので解説省略します)

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ウィリアムズを通過する貨物列車

キチンと数えたわけではないが、結構運転頻度があり、いずれも呆れるくらい長い列車である。

アムトラックのロスアンジェルスとシカゴを結ぶサウスウェスト・チーフSouthwest Chiefは少し離れたウィリアムズ・ジャンクションを通り、此処へはシャトルバス連絡をしている。今回私はアムトラックでロスアンジェルスから往復したのだが、往路は早朝下車、復路は夜乗車なので、少しでも車上の時間を確保する為フラグスタッフFlagstaff(ウィリアムズ・ジャンクションより少し東)からのシャトルバス連絡を利用した。車はバスと言うよりこのようなちょっと大きいワゴン車という感じであった。
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早朝のフラグスタッフ駅。

*:Depotは米語では機関区ではなく駅を指すことがほとんどで、ここもその例である。また日本のカタカナ語ではデポと言うが、実際はディーポゥと発音する(例外あり)。同様にBus Depotもバスターミナルである。

続く

あまらぼ鍋屋町

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