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2017年7月28日 (金)

ヴェイル・オヴ・レイドル鉄道(その2)

写真が扱えないため他の記事を書いていましたが、春に訪問したウェイルズのナロー鉄道に戻ります。

前回(その1)最後に載せた機関車であるが、この鉄道がGWR Great Western Railway)に属していた時代に作られたものである。GWRのスウィンドン工場Swindon Works製である。3輌あり番号は781923年),91924年)である。この写真では1213のプレートを附けているが9号機で、これは配備から1948年までの番号に昨年(2016年)から戻しているのである。

別アングルのをご覧いただく。終点Devil’s Bridgeである。
20170401dsc_2449

車輪配置は2-6-2T 外側台枠のサイドタンク機であるが、サイドタンクは実に長く、ボイラ煙室よりさらに前に突き出している。

これら3輌の機関車は開業時からの機関車のスタイルをそのまま模して製造された。変更点は瓣装置を外側化したこと、ボイラ圧上昇(150psiから165psi)、シリンダー径拡大(11インチから11.5インチ)くらいである。もとになった開業時の機関車はDavies & Metcalfe1902年に作ったもので、なんとこの会社の唯一(2輌だが)の機関車とのこと。会社はStockportの近くのRomiley(いずれも現在はグレーター・マンチェスターに属す)にあり会社のオーナーはアベラストゥウィスの人でこの鉄道の発起人でもあった。

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キャブ下半分の両側への変な張出しであるが、これももとの機関車を模したものである。当然ながら、もとの機関車の製造当初にはこの不細工な張出しは無い。この部分は炭庫で増量のための改造で第一次大戦中に行われたらしい。炭質の低下を補う意図もあったようだ。789号機は炭庫張出しのみっともないスタイルをも踏襲したのである。

なお、8号機とこの9号機のキャブの高さは製造時よりほんの少し嵩上げされているが、7号機はそのままとのことである。今回はこの9号機(1213)の写真しか撮れなかったのでその微妙な差はご覧いただけない。高さ制限は港への線に有った跨線橋の為であるが、この線が廃止されたのでオーヴァホール(日本の全検相当だろうか)の機会に嵩上げされたものである。

開業時にもう一台の機関車があったがずっと小さい1897年バグナル製の2-4-0T であった。

これらの開業時の機関車は789号機が入った後、廃車解体されている。

前面から見ると
20170401dsc_0974

向かって左の空気圧縮機はもちろん後年の追加である。アメリカの巨人機が煙室前に大きな複式の空気圧縮機を高く載せているのは粗野な魅力があるが、英国のすっきりした機関車(たとえそれがサイドタンクのお化けみたいなのであっても)に空気圧縮機の後附けは大きくスタイルを損ねる。

製造から間もなくの写真を見ると、向かって右側に真空ブレーキ管、左側に客車暖房用蒸気管がある。しかし70年代の写真を見ると暖房用蒸気管が取り去られている。鉄道は旅客列車の通年運転を止め、春から秋だけに運転する観光鉄道に特化したのである。

なおヴェイル・オヴ・レイドル鉄道は20輌以上の蒸機を保有しているが一般公開をしていない。博物館を作って公開する意図があると言っている。やるなら早くしてほしいものである。宮脇俊三が国鉄末期に三江線全通開業などを心待ちにしたのがわかる齢になってしまった。

ただし1158号機 Diana 0-4-0T 1917年カー・ストュアート製はBala Lake Railwayで、

921 Sybil Mary 0-4-0ST 1906年ハンスレット製はStatfold Barn Railwayで使われている。前者はその名の通り北ウェイルズのバラ湖のほとりにある2ftゲージ保存鉄道で、後者はバーミンガムの北東20kmほどのところにある個人所有の保存鉄道で標準軌、2ft6in2ftの路線を持つ。いずれも未訪問である。

客車は全て1923年または38年にGWRのスウィンドン工場で製造されたものであるが近年大改造を受けている。50年代前半の写真を見ると客車側面にずらっと扉の附いたものである。50年代末の写真では上が明るく下が暗い塗り分けに変わっている。

あまらぼ鍋屋町

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コメント

あまらぼ鍋屋町様 おはようございます。 ご無沙汰しております。

個人的には米国蒸機が好きですが、英国ナロー蒸機に親しみを覚えます。過去にインド蒸機病に感染したものと思われます。1213号機のサイドタンクを拝見して、あまらぼ鍋屋町様と一緒に出掛けた30年前のインドの片隅で、ナローの大型サイドタンクを一緒に撮影していたことを思いだしました。(場所は資料がすぐ取り出せなくて思い出せません)大型サイドタンクの走るエリアは確か給水場所に問題を抱えていたと思います。カトワにも1213号機に似た罐がいましたね。英国の植民地であったインドには、英国蒸機が良く似合いました。

今後の展開楽しみにしております。

偏屈ブログをご覧いただきありがとうございます。
展開というほどのことは何もないのですが、本日やっと続きを書きました。実は資料を某所で濡らしてしまったりとドジが続いています。
月末の海外鉄道研究会の蒸気機関車部会ではタラシン(タリスリン)をご覧いただく予定です

あまらぼ鍋屋町

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