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2017年7月24日 (月)

漢文力

「漢文力」 加藤徹 著  中央公論新社刊20048月、 中公文庫20078

以前、「白文攻略 漢文法ひとり学び」(白水社)について触れたことがあるが、

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/2-634e.html
その著者が広島大学時代の講義を元に作られた本とのことである。加藤氏は現在、明治大学教授、専門は京劇とのことであるが、漢文・漢語(いわゆる中国語)も教え、また小説家でもある。

漢文の読み書きの本ではない

「思考を鍛える道具としての漢文」を読み二十一世紀の諸問題を考えるための論説力を鍛えることを目的とする、とある。まあ-特に論説力云々は-ちょっと大袈裟すぎるように思うが、謂わんとすることは分かる。

五部からなり各部3~5章の構成なので、各章が講義1、2回の素材だったのだろうか。内容は独立しているので、それぞれの拾い読みができる。

構成は白文(本来は漢字だけがずらずら並んでいるモノ、この本では句読点は附いている)、訓み下し文、現代語訳と並んでいるが、漢文の語法解説、使用されている漢字の解説は一切なしである。そのあと講義調の説明論説と続く。

ベースが大学の(教養部かな?)講義なので、著者ご自身が反省と書いていらっしゃるように説教調が気になるところもあるが、結構、知らなかったなあ!という事項が多くて面白い。まあ誰かさんがいいトシして教養不足ということであろう。

いろんなエピソードが紹介されていて、その大部分が興味深いが、私が一番印象に残ったのは次である。

花園口決堤事件(日本では当時は黄河決潰事件と呼んだ。現在は「決壊」と書くことが多いが「決潰」が本来の書き方である。)

敵軍の進行を食い止めるために、自国や占領域の道路や鉄道、特に橋梁の破壊は珍しくないが、堤防の破壊は禁じ手である。生物兵器や化学兵器の使用に匹敵する。

「漢文力」から引くと

  、、、紀元前六五一年、斉の桓公、、、、一種の国際条約である「葵丘の盟*」を、、、結んだ。、、、第五条で「防を曲ぐる無かれ」(堤防を切ってはならぬ)、、、、初めて破られたのは、二十世紀の戦争でした。一九三八年六月九日、日本軍の進撃に恐れをなした中国軍**は、鄭州の花園口で黄河の堤防を切って人口の大洪水を起こし、、、、、、この洪水で河南・安徽・蘇州の広大な地域が水没し、住民の死者は数十万人にのぼったと、、、、

*:読みは、キキュウノメイ

**:(引用者注)この中国軍とは国民党軍のことである。

敵の日本軍へのダメージより自国民へのダメージ、その後の国土荒廃が凄まじい。

沖縄戦で日本軍が沖縄住民を殺害したり、自決を強要したりという話が(どこまで真実でどこからが誇張・虚構かはともかく)傳えられているが、それこそ桁違いである。

中国共産党の非道な行いは現在もなお続いていて、いろいろと報道されているが、当時の国民党も負けず劣らずだった。

もちろん、他国を侵略した日本が元凶であることは言うまでもないが、これは残念ながら後講釈である。当時はそういう世界情勢で、日本やドイツは身の程を辨えずに、英米仏蘇などを先達と見做し真似をしたということである。

他国占領、植民地などは「経済的に儲からないから」しない方が良いと<積極的に>考えた(=先を見通せた)経済学者・政治家は石橋湛山などごく少数であった。他国への進出侵略をしない方が良いと考えた謂わば良識派の人も大部分は、「無理だろう(=英米に負けるから)」くらいな<消極的な>考えであったとされる。

この点についてもこの本の戦略・戦術・戦闘術のところで「南轅北轍(なんえんほくてつ)」という成語を挙げて紹介している。轅は「ながえ」車の前方に突き出した棒、轍は「わだち」、進行方向を間違えていることを言う。つまり戦略の過ちは戦術では補えないこと。

この本は韓国語と漢語(所謂中国語)にも翻訳されているとのことで、韓国にはともかく本場にも日本人の書いた「漢文の知恵」が逆輸出されているわけである。

ついでながら朝鮮語や越南(ヴィエトナム)語の文化圏では日本と同様につい近年まで漢文が謂わば公用語であった。朝鮮語については漢語由来の語彙がどの程度あるのか知らないが、ヴィエトナム語はその単語の7割くらいが漢語から取り入れられているとも聞く。ヴィエトナム駐在時に街のローマ字#の看板や表示を見ながら、これが漢字やチュノム##で書いてあったら、ある程度は推測できるのに惜しいなあと思ったことである。

#:ヴィエトナム語ではローマ字によるヴィエトナム語表記をクォックグーと呼んでいる。なんのことはない「国語」!である。

##:字喃、漢字をさらに複雑化したようなヴィエトナム語用の文字

あまらぼ鍋屋町

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