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2017年8月

2017年8月31日 (木)

写真展のはしご(続)

モノクロームの国鉄蒸機 形式写真館 諸河 久写真展

キヤノンギャラリー 名古屋 96日まで

http://cweb.canon.jp/gallery/schedule/nagoya.html

東京は終わっているが、このあと大阪、福岡がある。
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ウルサイことを言えば形式写真には該当しないものが殆どであるが、全て止まりで各蒸機の細部までよく描写されていて、美しい写真である。


原版は 大判(4x5インチあるいはそれ以上)

シノゴ(4x5インチの大判)と、解説に記載されていないが画質から推定して中判(6x6または6x7センチ)

である。勿論モノクロフィルム使用で、その原版

(ネガ)を高画素デジカメで複写し必要な補正を施している。

写真集に掲載されている写真ではあるが、()大伸しで見るのは全く別の醍醐味である。プリントなら印画紙の方が私の好みであるが、当節デジ変換で印刷は致し方ないだろう。

デジの利点として明部暗部の調整がしやすいので、ピーカンに晴れた時の写真も見やすくなっている。ただ、それでも曇天時のほうがモノクロでは落ち着いた雰囲気になり、細部もよりよく見えて好ましいのが多い。

20170831p8310460_2手抜きスタンプ  此処は“ぎんざ”とちゃいまっせ!

それにしても、往時は構内で撮影する許可が簡単に得られたのだ。

現在、日本でも欧米でも餘程の機会に恵まれないと、機関車のキチンとした止まり写真は不可能になってしまった。その稀な機会は撮影会、ツアーなどであるが、同好者がひしめきあって実にやりにくい。特にシノゴカメラを使うのは、他の参加者とペースが合わない。また機関車だけ往時の姿でも機関区や駅の雰囲気は復原すべくもない。

撮影会は酷いものは三脚不可である。たとえば2年ほど前、名鉄のデキの引退の際に舞木検査場で撮影会があったのだが、三脚不可とのことでアホラシテ抽選に応募さえしなかった。三脚なしでは大判カメラは勿論、高画質のデジカメでも真に大伸しに堪える写真は撮れない。

またシノゴのフィルムは、一枚ずつ封筒に入ってそのまま明所に取出せるクイックロード(フジ)などの製造販売が終った。昔ながらに生フィルムを完全暗黒の所で(あるいはチェンジバッグを使って)ホルダーに出し入れする必要がある。この生フィルム、もし空港の保安検査で見せろと言われるとお手上げである。鍋屋町は昔シンガポールで経験した。その時はたまたまチェンジバッグが手元にあり難を逃れた。この危うい経験は繰り返したくない。海外でのシノゴカメラ使用は閉ざされたに等しい。

あまらぼ鍋屋町

写真集にはすべて大判カメラ使用としてあるとのご指摘を受けましたので、一部修正しました。ただ画質からすると本当に大判カメラかなと個人的に疑問は残ります。(2107.9.17追記修正)

2017年8月29日 (火)

パニアタンクを撮りたくて(5)

当鉄道のほぼ中間にハイリーHighley駅があるが、そのすぐ近くにエンジンハウスと言う名の博物館がある。もちろん当鉄道の設備で、ハイリー駅から展示車輛の入換時に使える引込線がある。2008年開業でこの保存鉄道の歴史*(1970年部分開業)と較べて非常に新しい。

当鉄道の当日有効の切符を持っていれば入場無料である。

展示機関車については以前写真をお目にかけた。

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/8-9158.html

残念ながらその後の変更はなさそうなので省略し、二階(主要国では日米中のみの流儀の数え方)にあるテラスからのパニアタンクの列車をご覧いただく。
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晴れたらこのあたりでほぼ順光になるはずの時間帯であったが、残念ながらこの日は曇った。まあ前回は雨宿りを兼ねての撮影だったので贅沢は言えまい。
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注:*元のセヴァーンヴァレー鉄道は1862年の開業、1970年最後の駅閉鎖である。また現在の鉄道はキダーミンスターで本線と繋がっているが盲腸線であるのと異なり、現役当時はブリッジノースからさらに北へ伸びていてシュルースベリーShrewsburyで本線に繋がるとともに、更に支線もありネットワークを形成していた。

あまらぼ鍋屋町

2017年8月28日 (月)

写真展のハシゴ

久し振りに会った友人が最近鉄道関係の写真展が多すぎて、、、、と贅沢なことを言ったが、それは東京ならではのことで羨ましい限り。

その東京で海外鉄道研究会の蒸気機関車部会があったので、ついでに(というと失礼なのだが)見てきたもの

「鐵樂者展」 9月3日まで

蒼穹舎 (新宿御苑)

http://nankaru.info/tetsugakusha2017.html

「機関車が翔んだ」杉行夫さん、「リスボン・トラム」蔵重信隆さん、「尾小屋奇譚」金澤忠さん、「芭石鉄路 part2」野口信夫さん

モノクロ主体 写真は大きくないが点数が多く、現地状況がよく傳ってくる。

私もリスボンに行きたくなって蔵重さんにいろいろとお話を伺った。あとの3つは私も行ったことのあるところで懐かしかった。

眞崎弘海写真展「PAROWOZY 〜ポーランドの蒸気機関車

PAPERPOOL (祐天寺)  残念ながら昨日で終了

http://paperpool.wixsite.com/paperpool/exhibition

眞崎弘海さんご自身の手焼きモノクロプリントが素晴らし、私も丁寧な暗室作業を心がけなくてはと反省しきり。

そして大阪で

「池ヤン会写真展」 豊中市立市民ギャラリー 残念ながら昨日で終了 

https://www.city.toyonaka.osaka.jp/jinken_gakushu/bunka/hall/gallery/index.html

こちらはカラー 日本及び海外 率直な走行写真もあるし、あ!こんなアングルがあそこにあったのかと驚いたのもあった。(但し全てが鉄道写真ではない)

名古屋で先ほど見てきたもの

米屋 こうじ 写真展:Hello Goodbye  8月30日まで

キヤノンギャラリー名古屋

http://cweb.canon.jp/gallery/archive/yoneya-hello-goobye/index.html

車輛はおろか鉄道施設は全く写っていない写真ばかり。しかし汽車旅であることが傳わる。

車、道路からでは得られない絶妙の視線の高さと写される人からの反応が良い。つまり、すべて車窓からの写真である。落ち着いたパステル調のプリントもいい。

あまらぼ鍋屋町

2017年8月25日 (金)

パニアタンクを撮りたくて(4)

更に南に20分餘り步くと英国の鉄道には珍しく生垣や柵に邪魔されない長く開けた区間がある。駅間としては変らず、ノースブリッジ~アーディントン・ホールトである。

すでに前々回(2)に此処で撮った写真の一部を載せたが、別のアングルの写真をご覧いただく。

保存鉄道では運転区間がそれほど長くないので、行か戻りか何れかはテンダーファースト、バンカーファーストで運転されるものが殆どである。ターンテーブルやワイ(WYE、三角線)を持たない鉄道も多い。英国でもそうで、行帰りともチムニーファーストとなる鉄道は非常に少ない。そしてカマの向きはだいたい一定である。

しかしこの鉄道はカマの向きがまちまちである。そして何かの折に向きを変えている。撮りたいカマがどちらを向いているか、地元鉄ならともかく我々は運を天に、ではなく鉄道の運用担当の気紛れに、任せるしかないのである。

しかし今回は違う。この訪問時はガラ*と銘打ってはいなかったが、機関区のバックヤード見学などがありちょっとした祭りで、カマの向きは全て北向き、即ち勾配上り方向に揃えられた。それで、この場所での撮影は大いに期待していたのである。

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実は最初に考えた構図とはちょっと違う。

少し頭の螺子が緩んでいると思しき英国鉄が居て、直前に線路に近附いたのである。普通は邪魔をされてもあまり故障を述べない他の英国鉄すら声をあげた。

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菜の花を入れてみたが遠くてイジマシイ感が強い。

*:gala、祝祭の意 発音は前のaが多少長くガーラと書いた方が近い、あるいはゲイラ(米) 起源は仏語

音楽関係でよく使われる言葉であるが、保存鉄道のガラ(祭り)では多くの機関車を繰り出し列車を増発したり、他鉄道からの訪問機関車が動いたりする。ちなみにJRのガーラXXという駅名も登録商標とのことであるが、同じ単語である。

あまらぼ鍋屋町

2017年8月21日 (月)

パニアタンクを撮りたくて(3)

時系列ではなく撮影場所順で北から南へとご紹介する。

現在の終点(北端)ブリッジノースと一つ南の停留所アーディントンの間にオールドベリー橋Oldbury Viaductという5連の煉瓦橋がある。ブリッジノース駅から歩いて25分くらいである。

下の写真はサイドヴューなので分らないが複線の幅があり、線路は西側だけに敷かれている。197475年に大幅な修復がなされている。
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この綺麗な橋は当鉄道を扱った多くの書籍に写真が出ているし、パンフレットにも採用されている。ただし、それらの撮影ポジションの殆どは立入禁止である。また立入禁止でなくとも、木が伸びすぎて橋が見えなくなったところも多い。

下に見えている水車はDaniel’s Mill 歴史は15世紀にまで遡れるらしい。現在のは19世紀中ごろのもの、英国では最大の鋳鉄製水車とのことである。その名のカフェがある。

私が立っているのはパブリックフットパスである。現在、昼ごろから順光で撮影可能なのはここからだけである。詳しく書くことは控えるが、英国人ファンが画面右の方へ動いていって、土地の所有者らしき男から物凄い剣幕で怒鳴りつけられていた。パブリックフットパスから外れたのであるが、そこに柵や表示があるわけではない。この男は何か嫌な目に遭ったのか、餘程鉄道ファンが嫌いなのであろう。

列車が来る直前に、そのカフェから親子連れ3人が出てきて、お父さんは例によって聖徳太子の真似をした。機関車はすでに橋に掛かっていて、声を掛けるまもなかった。

退去してもらったが作業は粗雑なので、見ていただくと何処に立っていたかお分りになると思う。とても大伸ばしには耐えられないので、後日やり直しが必要だ。

この橋を別のアングルで撮るには、セヴァーンヴァレー鉄道が行う講習(有料、価格は忘れたが安くはない)を受け、登録番号入りの反射ヴェストを購入して、鉄道用地立入許可を得るしかない。その許可を得ている英国人ファンは結構多いので、私もそうしようかとも思うが許可期間が3年しかない(多少安い1年有効のもある)。しょっちゅうこの鉄道を訪問しないと割が合わない。

あまらぼ鍋屋町

2017年8月19日 (土)

パニアタンクを撮りたくて(2)

訪問時に使用されていたパニアタンク機は 7714 GWR 5700クラスである。1929年から50年までの長期にわたってなんと総計863機が製造された。

今もおそらく16輌が各地の保存鉄道にあり、現時点で可動状態にあるのが67輌と思われる。

メーカも多岐にわたるが、77141930 Kerr Stuart製である。

BRから引退は1959年、1501と同様でNCB英国石炭庁に移り、セヴァーンヴァレー鉄道が1973年に購入した。1992年に使用開始、2009年に一旦引退、オーヴァホール後昨年2016年に復帰した。

駅で止まりを撮っていると走行写真に適した撮影地まで行けないので、今回は駅での撮影は諦めた。
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いずれもアーディントンEardington Halt ~ ブリッジノースにて

つづく

あまらぼ鍋屋町

2017年8月17日 (木)

パニアタンクを撮りたくて(1)

もうすぐ秋が来るし、とっくに飽きが来たと言われそうだが、春の英国の続きである。

ウェイルズのナロー保存鉄道訪問ではもう一つフェスティニオグ鉄道Ffestiniogを訪問したが、これについては今後もう少し材料を集められる可能性があるので、報告はその後にします。

この旅行の最後はウェイルズではなくイングランド、そしてナローではなく標準軌の保存鉄道であった。セヴァーンヴァレー鉄道Severn Valleyである。この鉄道も以前に書いたが、今回はパニアタンクを撮りたくて訪問したので、それを中心に報告する。また終点ノースブリッジNorth Bridgeの工場見学もあった。

パニアタンクは7年前に友人の案内で初めて英国を2週間ほど旅行した際に走行を1往復だけ、3年前の訪問では駅で止まっているのを撮っただけで、なんとかしっかりと撮りたいと思っていた。

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1501号機 グレートウェスタン鉄道GWR1500クラス ただし実際の製造はBRになってからの1949年である。

遠目にはサイドタンク機とうっかり間違えることもあるが、ここまで近附くと違いがハッキリする。サイドタンクはタンクがフレームに載っているが、パニアタンクはボイラ両側に吊るされている。パニアとは背負い駕籠の意である。

機関車の車輪配置を表すときに例えば国鉄C11だと2-6-4Tのように表すが、このTはサイドタンクを意味する。ご承知の通りテンダー機では附かない。これがウェルタンクではWT、サドルタンクではST、パニアタンクではPTと記される。

従ってこの機関車は車輪配置0-6-0PT 

この1501BRからの引退は1961年と早く、僚機2輌とともに翌年NCBNational Coal Board(英国)石炭庁)に移りCoventry Collieryで使用され、1970年に当鉄道に来た。僚機は部品供給用となりその後解体。2006年にボイラの期限が切れたが、ご覧のように見事に復活している。ただ訪問時は使用されていなかった。工場見学時の立ち入り許可場所としては此処まで近附くのが限度であった。

つづく

あまらぼ鍋屋町

2017年8月13日 (日)

たばこ政策先進国タイ

バンコク訪問から 更に補足

違法喫煙罰金 五千バーツ

受動喫煙被害軽減狙う 日本との差鮮明

以上、バンコク週報第1796号 2017722日 の見出しである。本文冒頭は

-タイ政府は74日、たばこを購入できる年齢を20歳以上に引き上げることなどを盛り込んだ改正たばこ製品規制法を施行した。、、、、、―

今までの罰金は2000バーツである。日本円で6000円ほど、しかし使いでとしては2万円くらいだろうか。名古屋などの罰金2000円とはえらい違いである。

こういう違反で生活に窮するような罰金は取る訳にはいかないだろうが、2000円では餘りにも安すぎる。「あーあ、今月の小遣いパーになった!」と反省してもらうくらい取らないといけない。

これは従来からであるが、屋外でも公園は禁煙である。これは実に気持がよい。

自動車排気ガスで所詮汚れてはいるだろうが、公園の緑の中で過ごすのはいいものだ。池の畔の木陰ならエアコンとは全く違う自然の涼風が吹く。

しかし日本ではここに煙草の煙が重なる。他のごみは滅多にないのに煙草の吸殻がいっぱい落ちている。

子供が(大人でもそうだが)お菓子を食べて包み紙を捨てたら、叱られるだろう。そもそも捨てる子供はまず居ない。どうしてエエトシした大人が煙草の吸殻だけは平然と捨てられるのか?

何か既得権があるかのように振舞っている。中には消さないで捨てる馬鹿もいる。こういうのは放火未遂で逮捕すべきである。

あの万事不愉快な煙草天国の隣の大国でも実は公園は禁煙である。しかも最近からではない。桂米朝が西安、大連などへ行ったときのことを旅ネタのマクラに話している。なんと80年代なのに「、、、、公園の中は禁煙で、たばこが喫えまへんのや。、、、、」ヘヴィースモーカの師匠の口調はちょっと残念そうである。

さて寄り道はこの程度にして蒸機に戻ろう。

あまらぼ鍋屋町

2017年8月12日 (土)

バンコク訪問から(6) 補遺

1.BTS補足

なんと自転車持ち込み可となっている。ラッシュ時の大混雑から考えると驚きである。
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平日の早朝6時から6時半、土日休日の6時から9時、全日深夜22時から24時となっている。

イチャモン大好き人間としては、始発から6時まで、24時以降はエエの?である。

2.鉄が現れると、鉄道模型も充実する

タイ人の鉄が数年前から現れている。この23年は蒸機の運転時など鉄、俄鉄が群がって大変である。

バンコク在住時に鉄道模型の店が2,3あるのは知っていたが、その後少しずつ増えているようだ。
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此の店はBTSのエカマイEkkamai駅に繋がるゲートウェイ・エカマイに最近できた。
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そしてどうもレイアウトが奥にあるようなのだが、入場料・使用料がなんと450バーツもする。日本円1500円くらいである。鉄博より高いではないか。入場者は居なかった。

名古屋では積木遊園地が料金高すぎて閑古鳥が鳴いているらしいが。


あまらぼ鍋屋町

2017年8月11日 (金)

バンコク訪問から(5) キングとミカド

今回もタイトルに偽りあり、観光地であり王室離宮のあるフアヒンHua Hinである。クルンテープ(バンコク)から急行で5時間ほどで到着する。

以下は海外鉄道研究会の会誌PENDELZUGに以前書いた内容とかなり重なるところがあることをご諒解下さい。

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手前の建物はホーム上にある、王室専用の待合室である。最近果たして使われているのかどうか大いに疑問であるが、室外機が見えるのでエアコンの設備はあるようだ。大きな肖像画は昨年薨去されたプーミポンアドゥンヤデート国王である。喪が明ければおそらくこの絵は取り外されるだろう。

超広角で撮らざるを得なかったので遙か彼方に見えるが、駅構内の西側に米国ボールドウィン製のミカド(車輪配置2-8-2)がある。*

タイの駅構内や駅前には全国で結構な数になる静態保存の蒸機が置かれている。一番多いのは、英国ノースブリティッシュ製のテンホィーラ(車輪配置4-6-0)である。

観光客の多い駅なのに何故、アメリカ製貨物機を置いたのだろうと思った。もうすこしスマートな旅客機の方が良いのに、、、、

実は王は米国マサチューセッツ州の生まれなのである。キングという車輪配置名は無いが、ミカドならある。そしてアメリカ製のミカドはこれがタイに残る唯一のものである。さて、これは偶然なのか?それとも意図して行われたものか?

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なお、このミカドは3気筒である。黄色矢印のところに中央のシリンダが見える。

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日本のC52C53 と同様に中央シリンダは独立の瓣装置ではなく、外側二気筒の辧装置からの連動梃によって駆動されている。但し連動梃がC52,C53とは違い、シリンダの後ろ側つまりキャブ側にある。黄色矢印のところに中央のシリンダ、かなり見難いが赤色矢印のところに連動梃が見える。

日本と同様で、某大国からの大声を出す、失礼、地声が高く大きい観光客が異常に増えていて、この有名な王室待合室を、人を入れずに撮影するのは通常の時間帯では不可能になった。今回は早朝に行ってやっとモノにしたが、掃除水撒きの作業員を入れずに撮るのに苦労した。ホースは諦めざるを得なかった。

*注  305番 1925 Baldwin 製、製番58672 但し実際には306番と言われる。

まらぼ鍋屋町

2017年8月10日 (木)

鉄たび展を見てきた

ウェイルズにタイが割込み、さらに名古屋が割り込みます。

ジェイアール名古屋タカシマヤ(どうもこれが正しい表記らしいが、、、、ウーム)で「鉄たび展」をやっている。ある方から招待券をいただいたので、他用とあわせて見てきた。

模型の神様・原信太郎と九州の風が紡ぐ鉄道ロマン

熊本地震復興支援企画

とサブタイトルが附いている。会期は814日まで、無休。

見られる原さんの模型は横浜の原鉄道模型博物館*のごくごく一部である。

よかったのは展示棚の照明が結構明るく、見やすかったこと。明るすぎて模型に傷みを生じないかと逆に心配になるが。相変わらずドジで偏光フィルターを持っていくのを忘れた。反射光がほとんど障碍にならなかったのと、名古屋ならではのを2点載せておきます。両者とも一番ゲージ。弊ブログには珍しい電車。

20170809p80900862_3ドイツのガラス電車

20170809p8090130_2名鉄ナマズ

一番ゲージの模型の他、Oゲージや16番の模型もあった。16番ではなく正しいHO**かもしれないが、所詮日本モノであるし人だかりも多かったので確認しなかった。モノによっては反対側もある程度見られる展示角度であったのも良かった。

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ユニオンパシフィックのビッグボーイ(Oゲージ)。何故か解説が全くない。

一番の目玉は「或る列車」*の模型である。JR九州も絡んでいるので当然であろう。

毎時一回レイアウト**上で走らせる。

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子供の手が届きそうで見ていてヒヤヒヤする。

原さんがどうして「或る列車」を真鍮色の模型にされたのかは知らないが、木造客車であるからやはり渋い塗装にしていただきたかったと思う。スケール模型ではないが16番の17メートル級の客車で作られた坂本衛さんの「古都」のほうが私には好みである。半世紀以上前の「鉄道模型趣味」に掲載された。

原さんの模型は見ていて夢があるが、これに刺戟されて?作った実車はノッペリした気動車に過剰な細かい模様を附けていて、見てみたいとか乗ってみたいという気にはならない。

私にはこの展覧会で一番楽しかったのは原さんが撮られた、屋久島の安房(あんぼう)森林軌道現役最末期の8ミリ(16ミリ?)映像であった。現在は水力発電所の管理のためにごく一部が使用されているのみである。

あまらぼ鍋屋町

以下五月蠅い注

*:この訪問記は http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/1-e626.html から3

 にわけて書いた。また 「或る列車」についても 

 http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/2-35fd.html  に少し書いた。

**:両者の関係についてはいろいろな所に解説されているので、屋下屋を架す解説は省略します。例えばhttps://www.imon.co.jp/models/hovs16.mbr/htmlです。丁寧で分かりやすいが、ちょっと長い記事なので、そもそも1/8016.5mm軌間のアンバランス(掛け算しても国鉄などの1067mmにも阪急や近鉄などの1435mmにもならない!)も気にもならず、それをHOと呼んで平然としている人、とくに若い方に読んでいただけるかどうか。

また、最近はレイアウトのことをジオラマと呼ぶが、両者は別のモノである。レイアウトと言う語は多義で分りにくいという事情は理解できるが。鉄道模型界ではジオラマという言葉は風景だけあるいはそれに鉄道車輛を添えた情景再現を言ったが、車輛は動かないのである。レイアウトは車輛を走らせることが第一の目的である。

千六十七歩譲っても千四百三十五歩譲っても、逆に鉄道模型を走らせる楕円形線路だけのものはジオラマではない。

なおジオラマはフランス語由来で発音はディオラマ、英語ではダイアラマである。

2017年8月 9日 (水)

バンコク訪問から(4) メークロ-ン線

メークローン線は車輛は面白くないが、沿線はゴチャゴチャしていて楽しめる。他の線と違って列車の遅れが殆どない(精々10分くらい)ので、撮影地さえ決めてしまえば、のんびり木陰で本を読みながら待つのにピッタリである。

バーンレーム~メークローンの西半分は先年大改修を終えたばかりで、撮影の面ではちょっと興ざめなので、今回はウォンウィエン・ヤイ~マーハチャイの東半分の撮影だけにする。メークローン線ウォンウィエン・ヤイ、BTSウォンウィエン・ヤイ両者の中間に良いホテルがあるのでそこに泊まった。都心から離れていて観光にはあまり適さない為か、良い設備と行き届いた管理の割にお得な値段で、安ホテルの1.5倍くらいですむ。人気が高く泊まれないことも多い。

この季節は太陽が北側に回るので、線路の北側からの撮影が容易である。
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バーン・ナム・チュットBang Nam Chut~コック・クヮイKhok Khwai

この路線で初めて他の人間が撮影しているのに出くわした。鉄ではなさそうで、某巨大人口国家の現在の最高指導者のような体形であった。かの国では「ソンタク」して、この体形のかわいい動物が主人公の童話・絵本も取締まっているという話がネットに出ているが、、、、、

ともあれ、若者で23人で線路際や線路上で地鶏をして遊んでいた。まあ人畜無害の観光客で、列車が来る前にどこかへ行くだろうと思っていたら、、、、、

なんと列車が来る寸前にまた線路際に立ち、コンデジを今度は列車に向けたのである。
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仕方なく、画面右側を大きくトリミングした。

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別アングルで。クロン・トン・サイKhlong Ton Saiのホームはこの橋の両側にある。東行きは東側、画面左側外、西行きは西側、画面右側外に停車する。メークローン線は全列車が普通列車であるがこの停車場は通過列車も多い。

あまらぼ鍋屋町

メークローン線の歴史やチャオプラヤ川までの廃線跡探訪については以前少し書きました。

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-27d7.html

2017年8月 8日 (火)

バンコク訪問から(3) アユッタヤで撮影

今回はタイトルに偽り、矛盾あり。アユッタヤ滞在中に少し列車撮影をした。

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GE製ディーゼル機関車 旧塗装のがまだあった。新塗装のよりも多少は落ち着いた感じで好ましい。

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日立製ディーゼル機関車、中国中車製の寝台客車に揃えて塗り替えられたものであるが、専用機ではなく普通列車やこのように貨物列車に充当されることもある。

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中国南車資陽製のディーゼル機関車である。側面にTPI(タイ・ペトロケミカル・インダストリの頭文字)の文字が見えるのでTPIポーレン(セメント会社)専用機なのであろう、セメント貨車と似た塗り分けになっていて、他の機関車の黄色ベースとは文字通り異色である。

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(参考)アユッタヤの南、ナワ・ナコーンNawa Nakhonの同社セメントプラント

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アルストームのディーゼル機関車。仏塔を背にして。アユッタヤの王朝と仏教など、こういうものの歴史も探ると面白いだろうが、、、、やはり「鉄」が優先される。

 

あまらぼ鍋屋町

2017年8月 7日 (月)

バンコク訪問から(2) SRTダークレッドライン

国鉄バンスー駅 SRT Bang Sue

大きな高架駅が次第に姿を現している。クルンテープ駅(前記事の注を参照*)に代わるターミナルとなるとされるが、現クルンテープ駅はどうなるのだろうか。

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バンスー駅には以前は駅舎が二つあった。手前のプラットフォーム上にあった南駅舎(?) 23年前から事実上使われていなかったかと記憶するが、取り壊された。北の方にある駅舎はまだ使用している。

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建設中の新駅を別の角度から、手前はバンスー機関区である。

飾ってあるのはメークローン鉄道の蒸機である。走行中の列車からの撮影なので、歪みがある。一眼レフでも昔の横走りと違って最近のは縦走りフォーカルプレーンシャッタなので歪みが目立つが、このミラーレスはちょっと酷い。

この番号5が正しければクラウスの製番54281906年であるが、実際は4であるとも言われ、その場合は同年の製番5427である。実際には部品交換で何がなんやらワカランのが実態であろう。

バンコク中心部からここへ行くにはSRTより、MRTブルーラインで行く方が圧倒的に便利である。**

訪問時バンスーが終点だったが8月には一駅延長されタオ・プーンTao Poonでパープルラインと連絡する。残念ながらMRTは駅も車内も撮影禁止なので写真をお見せできないが、ドア上の路線表示はもう新しい駅が入っているので、タイやその他の東南アジア諸国でよくある開業前の無料試運転、体験乗車?が始まっているかと期待したが、まだであった。

アユッタヤまで行った際の往復でダークレッドラインの建設の状況を車窓から観察してきた。半年前にもう駅の姿は現れていたが、今回内装も進んでいるように見えた。

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ワット・サミアン・ナリWat Samian Nari

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カン・ケーハKan Kheha
どれもこれも同じにしか見えない。

レッドラインはダークレッドラインを含めは国鉄SRTの管轄でありメーターゲージである。エアポートリンクのように別組織の運営とするのだろう。今のようなエエ加減な、失礼ノンビリした、元へおおらかな管理ではこの種の近代的なものの管理は難しいだろう。尤もそうなるとエアポートリンク同様、駅での撮影も禁止となる可能性が高い。

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全区間が高架になるわけではなく地上部分もあるので、高架橋がこのように下がってくる。サームセンSam Sen駅の少し北にて。

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画面右側すなわち列車の上部にある高架柱は俗称ホープレスピラーである。これについては以前書いた。バン・ケーンBang Khen駅にて

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-b0a6.html

あまらぼ鍋屋町

以下餘計な注

*考えてみると、首都や大都市の名前が地元の言葉と英語や日本語とで根本から異なるのは他に例が無いかもしれない。

首都ではないが、イタリアのミラノ、英語ではミラン、ドイツ語ではなんとマイレンダーとなるが、元は同じである。

これも首都ではないが中華人民共和国四川省の成都、元の発音はチョンドゥ、ローマ字を用いた発音表記であるピンインではChengduなので欧米人はチェンドゥと発音する。日本ではセートとかなり違った発音をするが、元は同じである。そういえば四川はスーチュアン、ピンインがSichuanなので欧米人はシーチュアン、日本人がシセンである。漢語(所謂中国語)での現在の漢字の読みは日本の音よみと吃驚するほど違うのが多い。

**もっとも運賃は大違いでSRT2バーツで駅トイレの3バーツより安いが、MRT20倍の40バーツ(邦貨130円程度)である。

とにかくSRTは異常に安く抑えられている。さらにタイ人が普通列車を利用する場合は無料である。快速以上は有料。

**MRTブルーラインは正式名称チャルム・ラチャモンコンChaloem Ratchamongkhon

2017年8月 6日 (日)

バンコク訪問から(1) BTS延伸

最近は日本の冬にだけ避寒に訪問するタイであるが、例外的に先日ちょっと行ってきたのでその記録である。事情通の方からすれば、何をいまさら、だろうが。

情けないことにタイ文字の運用能力はありませんので、駅名などはラテン文字転写を挙げておきます。

BTS

スクムヴィット線の東()側がベーリングBearingからサムローンSamrongへ一駅延伸されたので乗ってきた。開業は4月であったとのこと。

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さらに先も延長工事が進んでいる。開業は
2019年とのこと。これでやっとタイ最初の鉄道であったパクナーム鉄道(起点はフアランポーン、1893年開業、1959年廃止)の終点パクナームまでなんと60年ぶりに再び鉄道で行けるわけだ。ちょっと文字が細かいが、この路線図の黄色矢印がサムローン、赤色矢印がパクナームである。

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このサムローン駅は島式ホームである。これは南側に折返し用の引上げ線を設けたことに伴う措置である。

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バンコク中心部とこの辺りではかなり乗車率も異なるので、この先の区間の開業後はここで折り返す列車を設定するのだろうか。単純な島式ホームはBTSでは初めてである。スクムヴィット線とシーロム線の接続駅であるサイアム駅Siamが二層構造の島式であること、假駅の予定であったが廃止反対を受けて恒久化したサパーン・タークシンが一線片面**であること以外は全て相対式のホームである。

シーロム線の終点バンワーBang Waは以前に行ったことがあるが、此処で接続するMRTブルーライン***の工事の進みを見に行った。駅がかなりできている。
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ついでにBTSの終点の先にある留置線を見た。バンワーのホームはどういうわけか撮影禁止なので(BTSの他の駅では問題ない、但し三脚はもちろん一脚も禁止)、仕方なく近くまで歩いて行った。路線延伸(この通り実現するとはとても思えないが2020年開業の計画がある)の際には対応できる構造のようだ。
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あまらぼ鍋屋町

以下おおいに餘計な注

*:ガイドブックや駅、車内の英語アナウンスではBTSスカイトレインと言っているが、タイ人が英語で話すときはスカイトレインとはあまり言わず、単にBTSと言うことが多い。

**:サパーン・タークシンは長らくシーロム線の終点であった。

両側を高架道路に挟まれているためホームを外側に張り出すことができないので線路一線分を利用して、つまりこの駅のところだけ単線にしてホームを設置したのである。假駅だったのでこのようにしたが、そもそも一旦駅ができて利便を享受した地元が廃止をOKするわけがない。さらにチャオプラヤ川の水上交通や観光との連絡も良い。それで廃止計画は撤回されたとのことである。

現在もここが単線であるため、駅進入時にはかなりの減速と多くの場合は一時停車を餘儀なくされる。ラーチャダムリ駅からスーラサック駅までの急曲線連続とあわせてシーロム線の表定速度低下に大いに貢献している。

タイ、バンコク情報に注意を払っている友人から「サパーン・タークシン駅は、両脇の道路を少し動かして駅スペースを拡幅することになったようである」と教えてもらいました。

(次のニュースWEBに掲載)

 http://www.newsclip.be/article/2017/08/11/33827.html

 (あまらぼ鍋屋町 815日追記)

 
***MRTMass Rapid Transit バンコクメトロ

ブルーラインは現在バンスーBang SueHua Lamphongを結ぶ。両駅で国鉄SRTと連絡している。なお国鉄SRTHua Lamphongは外国人だけの俗称で正式名はタイ語でクルンテープKrungthep、英語でBangkokであるが、MRTはフアランポーンが正式名である。

現在は全区間地下であるが、延長部は高架部もある。

2017年8月 5日 (土)

ヴェイル・オヴ・レイドル鉄道(その5)

弊ブログでは珍しくディーゼル機関車の写真である。
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10号機 ほとんどアベラストゥウィスの入換に従事するのみらしい。

Baguley-Drewry Ltd.製造の部品を使って1987Brecon Mountain Railwayが組み立てたものである。バグレー・ドゥルーリは入換機やレイルカーを製造販売した会社であるが、その初期と末期にのみ製造をしており中間の期間は他社に製造させたものの販売会社であった。現在は廃業しているとのこと。ブレコン・マウンテンはこの鉄道と同じ1 ft 11 3⁄4 in (603 mm)ゲージの保存鉄道で、ウェイルズの首都かつ最大の都市であるカーデイフCardiffの北約30kmにある。

なぜ、この機関車をお目にかけるかと言うと、ここに注目していただきたい。
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これが終点の駅名に採用されたDevil’s Bridgeである。なおウェイルズ語ではPontarfynachポンタルヴァナッフと呼ぶが、こちらは Mynachマナッフにかかる橋の意であり、悪魔は地名には含まれていない。

グランドキャニオンに次いで、オマケの観光をした。

機関車に描かれた絵(シール?)では解りにくいが、三重の橋である。最初に三重と聞いた時は、どういう構造なのかと疑問に思ったが、、、、単に次々と上に掛けられ下を廃用としたということであった。
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傳説ではこうなっている。(この種の傳説は当然ながら各地にある)

あるお婆さんの飼っていた牛が川の対岸に行ってしまって困っていた。そこへ悪魔が現れて、「橋を掛けてやろう、その代り最初に渡った生き物の魂を貰う」契約成立!

橋完成のあと、お婆さんはパンを向こう側に投げて犬を最初に渡らせた。悪魔は去ってしまった。さすがに契約社会である。悪魔ですら契約を守る。最初に渡った「人間の魂」としなかった悪魔のドジである。それとも、おばんがタチ悪い?

「契約は置いといて、そこを何とか」の日本なら悪魔はどうするだろう?

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現地の案内板である。

この地点で、上の写真でいえば向こう側でマナッフ川は3段の瀧となっている。そちらの見学には45分かかるし、滑りやすいと脅しが書いてあったで断念した。この旅行ではあとまだ2カ所の鉄道の撮影が残っていた。蒸機の撮影でもないのにドジな怪我をしてはなんにもならない。10分で済む三重橋の見学撮影だけにした次第である。尤も10分コースも階段は濡れて滑りやすかった。

駅の裏手をちょっと歩けば絶景が開けるグランドキャニオンとは違い、橋は駅から歩いて数分離れていたので観光に要した時間はずっと長かった。

さて、次はどの鉄道を書くかな。

あまらぼ鍋屋町

2017年8月 4日 (金)

ヴェイル・オヴ・レイドル鉄道(その4)

谷の名であり鉄道名に採用されたRheidolであるが、英語人は殆どの人がライドルと読む。しかしウェイルズ語の読みとしてはレイドルである。 “rh”の綴りは英語(に入り込んだ単語)*では単にrの音であるが、ウェイルズ語では「r」と「h」が混じった響きの音である。「フレ」と書きたいが、それだと二重子音と誤解される虞があるので単に「レ」としておく。「レ」とでも書けばより近いかもしれないが、そんなルールは一般的ではない。

ケチな鍋屋町はタクシーに乗ると罪悪感を抱く。しかし、この鉄道は2往復しかなかった。光線状態が良いのは最初の列車であることが分ったからには、現地へ行くのに鉄道に頼るわけにはいかない。バスがあるが、平日の朝は月火水曜だけというケッタイな設定である。しかもそれに乗っても撮影地に間に合わない可能性が高い。幸いまずますの大きさの町で駅前にタクシー乗り場があり、結構な頻度でタクシーがやってくる。なお夏のハイシーズンなら列車が45往復あるが、光線状態が良いのは最初の列車であるという事情は変わらない。

タクシー代の元を取る為?タクシーの運転手にいろいろ教えてもらった。その一つがRheidolの読み方である。彼はこの鉄道の終点Devil’s Bridgeから数キロの所で生まれ育ったとのことで、まさにうってつけであった。

彼曰く

-まずねえ、ウェイルズ語は北と南でかなり違う。我々のように子供の時から喋るのもいるし、学校で習って覚えるのもいる。これは地域差だが、もちろん個人差もある。

、、、まあ僕はレイドルと発音するね、勿論ライドルと言われても分るよ。

ということでこの記事ではレイドルを採用したのである。

さて、タクシーを奮発したので無事この地点にたどり着いた。待つこと暫し。
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一度木立に隠れた後、手前に飛び出してくる
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谷の向こうの尾根を見ると開けたところが幾つかある。その辺りからも鉄道を見下ろして写真が撮れそうだ。パンフレットや参考にした本にある写真はどうもそれらしい。

あとはどうやってそこへ行くかだが、鉄道の売店でハイキングの本があったので開いてみるとルートが幾つも書いてあった。そのうちの23に撮影地がありそうだ。当然その本を購入した。さっそくこの夏(前述のように4ないし5往復運転する日がある)にでもと思ったが、事情があり延期と相成った。時間ができたので念のために地形図も購入して検討することとしよう。

あと一回オマケを書く予定です。

注 *:例を挙げると”rhythm”リズム、rhetoric”レトリックなど

あまらぼ鍋屋町

2017年8月 3日 (木)

ヴェイル・オヴ・レイドル鉄道(その3)

前述のとおり、ヴェイル・オヴ・レイドル鉄道の列車はアベラトゥスウィス駅のカルマーザン線(以前のManchester & Midford 鉄道)用であったところから発車し、すぐに庫の横を通る。車上からはまともな写真が撮れなかったので、夕方の入庫風景をご覧いただく。
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ナロー用としては異常に大きいが、それも当然でGWRの標準軌線用1939年建設のものの転用である。このあとは殺風景なところを暫く通る。

kmくらい過ぎると沿っていたBRBritish Rail)の路線が離れていく。これは夕方に戻ってきたときの車上からの撮影である。
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その後はさらに1km弱、いやに近代的な工場地帯を通ったのちに、田園風景になる。その名の通りレイドル谷に沿って登って行くのだが、中間より少し手前のCapel Bangorカペル・バンゴル(4.5マイル,7.4km)を過ぎる辺りまでは勾配は緩い。

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これがカペル・バンゴル駅である。ベンチのGWRマークは多くの保存鉄道で見られる。ここに新しい車庫がある。近代的なものでカメラを向ける気にもならなかったが、やはり証拠写真?は撮っておくべきであった。

その先はほとんどの区間が20‰(最急は一部約21‰)で上りづめである。
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Nantyronenナンタローネンで給水した。設備は近代的で面白くない。続いてAberffrwydアベルフルード駅にも給水設備がある

この先は終点の手前まで平坦区間が無く、連続勾配である。

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アベルフルードを出てすぐにクームレイドル貯水池Cwm Rheidol Reservoirとレイドル発電所Rheidol Power Station(水力、20,500 kWx2基と1,000 kW1基)が見える。

上流のものとあわせて49MWなので以前にフェスティオニグ鉄道の記事でご紹介した揚水式のフェスティニオグFfestiniog発電所360 MW(ウェイルズで第二位)と較べると桁違いに小さいが、ウェイルズの揚水式以外の水力発電所では最大である。
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岸の一番大きい建物が発電所建屋、運転開始は1962年、正式開業64年で鉄道と較べると全くの新参者である。


4マイル(約6km)の連続勾配である。
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Beeching Axe
は逃れたものの、この路線が全線一閉塞になった時代があった。しかしその後観光客が増加し、一閉塞では捌ききれなくなった。列車は片道一時間以上掛かる。

それで、途中のCapel BangorAberffrwydの二駅で、列車交換はできないもののそこで閉塞を区切り、先行列車が次の駅を出たら列車を出発させるという手段が取られた時代があった。
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現在の
Devil’s Bridge駅はホーム一面で、機回し線があるだけである。北側に短い側線があるが不使用で本線とは繫がっていない。昔の写真を見るとこの写真の左側建物がある辺りにも側線があり-今も残るものと合わせ3本―最大で5編成の留置ができたと考えられる。

国鉄から独立して保存鉄道になったのは1989年である。運営は英国の保存鉄道としては珍しく全て有給の職員に依っている。鉄道を所有しているのは公益財団Plylis Rampton Narrow Gauge Railway Trust であるが鉄道運営に係わるヴォランティアスタッフは居ない。

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終点Devil’s Bridgeから遠くないところにこのSカーヴがある。イギリスの友人に教えてもらった撮影地である。イギリスは鉄道用地も私有地もしっかり柵や生け垣でかこってあり、入れないところばかりであるが、ところどころにpublic footpathがあり、そこだけは通行可能である。これもそのパブリック・フットパスが線路を横断しているところである。こういうところの踏切にはもちろん遮断機その他の保安設備はない。自己責任で渡る。

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曇ったのであまり影響はなかったが、ここは列車通過時刻にはもう日影である。順光でとるためには一番列車を撮らなければならない。

この地点から背後を見ると丘の上の方に草地が見える。どうもそこから線路が見下ろせそうである。翌日の朝は他の区間で撮影を考えていたが、あそこへ登ってみることにしよう。

あまらぼ鍋屋町

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