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2017年9月15日 (金)

今更ながらロムニー(3)ニューロムニーまでの複線

この鉄道はハイスからニューロムニーまで複線である。

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実は列車での訪問の前に仲間と車での沿線撮影に来たのだが、その時はこの附近まで来なかったので、このきれいな菜の花畑の存在は知らなかった。菜の花は年によって植える場所が変わる可能性が大きいが、チャンスがあれば入れて撮影してみたいものだ。これは午後ハイスへ戾る列車からの撮影である。


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RH&DRは単に公共交通機関を目指しただけではなく、高速運転を企図していた。現在の正確な最高速度は知らないが、撮影のために線路近くに立つとけっこう速い。

この機関車は5号機、ハーキュリーズ *(Hercules)、ご覧のように車輪配置4-8-2マウンテンである。Davey Paxman**の1927年製、同716日の開業式の一番列車を牽いたカマである。当初の仕業はバラスト輸送であったが、のちにこの業務から離れ、今の大型テンダーに振替えられた。同形機に6号機のサムソンSamsonがいて、こちらも同様の経歴で、同様の変更がなされている。


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A259号線(ディムシャーチ・ロード)が線路をオーヴァクロスする此処が全線でおそらく一番簡単に上から見下ろす写真が撮れる場所であろう。見えているのはロムニー・ウォーレン停留所 Romney Warren Haltである。

もう少しサイドの見える写真を。なんとかパシフィック(車輪配置4-6-2)であることがわかる。同じオーヴァクロスでニューロムニー方面からの列車を撮影したもの。

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9号機、ウィンストン・チャーチルWinston Churchillである。

来歴は複雑で***最終的に完成させたのはシェフィールドにあったYorkshire Engine Company1927年である。カナディアン・パシフィックのスタイルであるが、これは創立者ハウウィがイギリス流の機関車よりもこの大きなキャブが機関士の労働環境に良いだろうと考えた為と言われている。ハウウィはカナダの鉄道が好きで訪問もしている

ところで当時チャーチルは学校時代の劣等生から脱皮して大蔵大臣になってはいたが、機関車に名前をつけてもらう程のオオモンになるのはずっとのちである。つまり機関車は第二次大戦後に改名されたのであり、元の名はドクター・シンDoctor Synであった。これはこの地方を舞台とした当時のシリーズものの小説の主人公の名である。****

*:ハーキュリーズ はヘラクレス(ヘーラクレース)というギリシア風の言い方というか読み方の方が日本では一般的だろうか。

**:Davey Paxman & Co.1865年にDavey, Paxman & Davey, Engineersとしてイングランド南東部コルチェスターColchesterに創立された会社、何度もオーナー、名前が変更されている。現在はMANの傘下でディーゼルエンジンの製造をしている。

***:クラウスのボイラとRH&DRの最初の2輌の機関車用の部品を使いDavey Paxmanが着手し、RHDRが引き継いだとのこと

Yorkshire Engine Companyは創業1865年、蒸気機関車の製造は1956年まで、他の業務は65年までであった。英国へは入換機主体であるが海外には本線用も製造した。

****:1915年に発表された最初の物語のタイトルはDoctor Syn: A Tale of the Romney Marshである。18世紀の密貿易を基にしたものとのこと。これに因む行事が時に地元で行われるている。

なお、機関車に関するデータは主にRH&DRのウェブサイトに拠った

つづく

あまらぼ鍋屋町

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