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2018年2月 1日 (木)

武内宿禰壹圓札

落語を聞くと、時に昔のお金の話が出てくる。

「二人ぐせ」

変な口癖のある二人、一人は何かあると「飲める」(それで一杯飲める)という。もう一人は何かあると「つまらん」という。前者は「人間が卑しい見られる」、後者は「陰気な、いやーな気になる」と、互いにこれを直しあいしようとする。(以下の対話部分は「特選!!米朝落語全集」(第三十九集)東芝EMIから引く)

「ただでは直らんわい。どや、一回言うたら円スケちゅうのは」

-ええ

「一円の罰金ちゅうねん」

、、、、

「、、、、、武内宿禰一枚、なあ」

-、、、あっさり言うけどなあ、お前。五十銭銀貨二枚枚いうたらかなりのもんやで、お前。、、、、、

あとどうなったかは、落語をお聞きいただきたいが、私が気になっていたのは、武内宿禰の壹圓札と五十銭銀貨である。いつ頃の話だろう?

まあ、この話は時代設定をいつにしても違和感を感じさせないものであるが、60年代から80年代半ばまでは同時代の設定にするとやり難かったはずだ。この頃は千円も、五千円も、一万円も、高額紙幣が全て聖徳太子であった。

しかし、現在のことにして、「福澤諭吉一枚」「樋口一葉二枚」でもあまり面白くないと思う。やはり紙幣と硬貨でないといけない。

この紙幣や硬貨を見に三菱東京UFJ銀行貨幣資料館に行った。この博物館はずっと昔は栄の東海銀行本店にあった。貨幣の展示だけでなく、歌川廣重の「東海道五十三次」の浮世絵をおよそ2カ月毎の展示替えで見せている。展示替えがあるたびに案内が来るので、散歩買い物がてらこの版画展示を見に行くのだが、今回はしっかりとお金の展示も見てきた。

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武内宿禰壹圓札の時代は実に長いことが分った。傳説上のご本人も何代もの天皇に仕えた長寿者であるから、それに倣ったのか?1889年に発行開始、当初は番号が漢数字であったが、1916年からアラビア数字になった。

兌換券なので金に(日本は実質的には銀本位制だった、金本位制は1897年から)交換してもらえるが、なんとその旨を裏面には英語で書いてあることはこれを見るまで知らなかった。

1943年から同じく武内宿禰の図柄で(但し肖像が中央)壹圓札が出ている。しかしもう五十銭が銀貨の時代ではない。

あまらぼ鍋屋町

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