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2018年4月

2018年4月30日 (月)

新規に作った保存鉄道(The Bredgar & Wormshill Light Railway) その5

起点のWarren Woodには大型ライヴスティームやもっと小型の模型のレイアウトもある。「ジオラマ」(=車輛が走れない)ではなく、ちゃんと車輛が走行する「レイアウト」である。これらまで見ていると時間がとても足りないのでチラッと見たり数カット撮ったりしただけである。


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ライヴスティームは7
1/4インチゲージ、10 1/4インチゲージ、15インチゲージがある。

一番手前のJack15インチゲージである。即ち軌間はロムニー鉄道などと同じである。

最後に此処の異端児である。
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105号機 Siam 0-6-0T Henschel製 1956/製番29582

バンコク南東のChonburi Sugar Refinery Ltdが購入使用したが、運材鉄道も経営する企業と合併したので、そちらにも使用された。

このカマは2フィート6インチ軌間なので此処では走らせられず、ウェルシュプール・アンド・サンフェアWelshpool & Llanfair Railwayで運転したことがある。

この項終わり

あまらぼ鍋屋町

2018年4月28日 (土)

新規に作った保存鉄道(The Bredgar & Wormshill Light Railway) その4

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号機は庫の奥に押し込まれていた。 Bronhilde 0-4-0WT Schwartzkopff*シュヴァルツコップ製 1927/製番9124

ハンブルクの銅精錬所 Norddeeutsche Affinerieで使用された

タイでの撮影に続いてミラーレスの超廣角ズームが活躍したが、、、やはり標準で撮りたかった

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3号機 Lady Joan 0-4-0ST Hunslet製 1922/製番1420

Y Felinheliア・ヴェリンヘリ(以前の名はPort Dinorwic、現ウェルシュ・ハイランド鉄道WHRの終点であるカルナーヴォンCaernavonの近く)での入換機として製造された。Portクラスと称する。1号機、Lady Joan、再度1号機と名前が変遷している。LlanberisサンベリスのGilfach Dduでキャブ撤去などスレート鉱山への使用のための改造がなされた。現在は個人所有となっているが、ここで活躍している。

現地で求めたパンフレットには3の文字は附いていないので最近の附番かと推測できる。


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4号機 Armistice 0-4-0ST Bagnallバグナル製 1919/製番2088

英政府が国防事業に使うために発注したが、完成時には第一次大戦は終わっていたため、Minworthミンワース(ウォーリックシャーにありバーミンガムの北東)の下水事業で使われた。


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7号機 Victory 0-4-2T Decauvilleドコーヴィル製 1897/ 製番246

クイーンズランドの製糖工場Invicta Mill 他2カ所で働いた。

*:餘談になるがこの機関車メイカー(のちBerliner Maschinenbau AG)のシュヴァルツコップと、ソプラノの大歌手で独逸語に非常にこだわりを持った(エリーザベト・)シュヴァルツコップElisabeth Schwarzkopfは綴りが違う。さらに脱線するが小塩節が某ラジオドイツ語講座で彼女の厳しい指導ぶりを紹介したことがある。彼女に歌唱を非常に褒められて「一生の楽しみとなさい」と言われれば、プロとして通用しないという宣告であったという。

続く 

 

あまらぼ鍋屋町

2018年4月26日 (木)

新規に作った保存鉄道(The Bredgar & Wormshill Light Railway) その3

かなり終点寄りであるが中間駅(HaltChalkhole Fallチョークホウル・フォールが森の中にある。
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その先の森の中で
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8号機 Helga 0-4-0WT Orenstein & Koppel製 1936/製番12722

北ドイツの各種大型建設現場で使われた

ボイラは当地へ来てから新製のものを附けられた

終点はStony Shawストウニー・ショー
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折り返す形で引上げ線があり、貨物ホームと上屋がある。
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号機 Eigiau 0-4-0WT Orenstein & Koppel製 1912/製番5668

海外産の蒸機は英国の産業用としては稀である。最初はPort Sunlight(リヴァプールの西)のガーデンヴィレッジ建設に従事した。その後はLlyn Cowlyd シン・カウリッド(スノードン山の北東にある貯水池、発電にも使用)で使われた時に近くの湖に因みこの名がつけられた。その後ウェイルズ最大のスレート生産地であったPenryhn ペンリンQuarryで使われた。

続く

あまらぼ鍋屋町

2018年4月24日 (火)

新規に作った保存鉄道(The Bredgar & Wormshill Light Railway) その2

この鉄道の線形は丘陵地の地形を巧く生かし、両端駅から出るときはいずれも少し下り勾配で目的地の駅に入って行くときに少し上り勾配となっている。蒸機の力行が楽しめるが通常は運転にはあまり苦労しないで済む。

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Warren Woodから出発する列車 カマは前回説明した2号機


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トップ・アンド・テイルでWarren Woodへ向かう列車

前位本務機(トップ)は9号機 Limpopo 0-6-0T ウェル・サイドタンク機 John Fowler & Co. 製 1930/製番18800

モザンビーク北部のWigglesworth & Co. でサイザル(サイザル麻ともいう)農園で使用された。のちSena Sugar Estatesに移った。

後補機(テイル)は前回説明した10号機である。

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さらにその先でWarren Woodへ向かう列車


草原のトラクターはこちらを使ってくれれば完璧だったが
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機関車は
6号機であるが解説は次回に

続く

あまらぼ鍋屋町

2018年4月22日 (日)

新規に作った保存鉄道(The Bredgar & Wormshill Light Railway) その1

矛盾したような言い方であるが、機関車などの保存を目指し路線は全く新しく作った鉄道のことである。日本で言えば羅須地人鉄道協会の成田ゆめ牧場まきば線などが該当する。なにか適切な用語があればご教示いただければ幸いである。

今回ご紹介するのは英国のthe Bredgar & Wormshill Light Railwayブレッジャー・アンド・ワームズヒルである。ロンドン(ヴィクトリア駅)から直線距離で東南東60km弱、ケント州の丘陵地帯にある。

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例によって鉄道では行きにくい。ヴィクトリア駅から最寄のホリングボーン
Hollingbourneまで直通で1時間少々で着く。が、周りには何もない。地形の都合で鉄道はホリングボーンの集落から数百メートル離れている。日本なら鉄道忌避傳説ができそうなところである。その集落もごく小さく、タクシーなんぞは望むべくもない。保存鉄道まで6km弱である。歩いて歩けない距離ではないが、これに体力を使ってしまうと撮影の際に困る。

今回は誘ってくれた英国の友人と駅で合流した。

この鉄道は1975年に建設が始まり、ディーゼル機関車で活動を開始したが1979年に最初の蒸機が入線した。路線長は3/4マイルで鉄道模型レイアウト用語を借りればEnd to end(日本語では何と言うのだろう?)である。

起点駅はWarren Woodウォーレン・ウッドと称し、庫、ターンテーブルなどがある。
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先に引上げ線がありそこまで客を乗せたまま運転する。
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2号機 Katie 0-6-0WT Arnord Jungアノルト・ユンク製 1941/製番3872

カメルーンのWestafrikanische Pflnazungsgeselshaft 西アフリカプランテーション会社Victoriaでバナナ、パームオイルその他諸々の作物輸送に使用された

さらに折り返す形で機関車の引上げ線がある。
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10号機 Zambezi 0-4-2T John Fowler製 1912/製番13573

モザンビークのSena Sugar Estatesで使われた。現役使用時は50cm軌間であった。他の製糖工場に移動して改軌されたものもあるが、当機はそのままであった。

当機が此処に来たのは1998年と遅く、改軌とボイラ新造がなされた。

燃料に薪を使っているのでキャブ前の水タンク上に大きなバンカーを備えている。こんな小型機なのに給水ポンプを備えているのは珍しいのではないだろうか。ボイラ左側最前部のがそれである

続く

あまらぼ鍋屋町

2018年4月19日 (木)

オスプレイ保護区

オスプレイOspreyは米軍の輸送機V-22型の愛称で、それが餘りにも有名で本来の意味(語義)があることは思い浮かばない。米軍の広報官などが正式名称も使っているのかどうかは知らないが、日本のマスコミでは愛称しか使われない。オスプレイとは和名はミサゴという猛禽類である。戦闘機でもないのに何故猛禽類の名前を使っているのか不思議であるが、、、、、

英語名を和名に替えたところでこの鳥に就いての鍋屋町の知識がゼロであることには何ら変わりはない。魚類を好んで捕食するそうだが、、、

調べてみると、、、、鳥のほうのオスプレイだが、世界中に分布していて英国にもいる。主な生息地はスコットランドである。英国(スコットランド)では一旦消滅したとされている(反論もあるようだ)が、近年再確認が増えている。ウェイルズでは2カ所の巣が2000年代になって発見されその一つが、、、、やっかいなことに、、、ウェルシュ・ハイランド鉄道の直ぐ傍にある。これが監視小屋である。
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ウェルシュ・ハイランド鉄道はシーズン外に区間運転をする期間がある。区間はポルスマドッグPorthmadogとハヴォッド・ア・シンHafod y llyn間で2往復である。
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予想していたのとはカマが逆向きに附けられていたのでちょっと目算が狂った。チムニーファーストの時にガラス張りの豪華客車がカマの次位にあるのはちょっと興ざめだし、天気も良くなかったが、なんとか撮影した。

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使用されたカマは通常はフェスティニオグ鉄道
Ffestiniog Railwayで使われるPrinceであった。1863年 George England製 0-4-0ST+Tつまりサドルタンク機であるがテンダーも附けている。

ミサゴは日本では留鳥であり、通年みられるそうであるが、英国では夏鳥で冬は西アフリカなどで過ごすそうだ。ここグラスリン谷the Glaslyn Valleyには3月末ないし4月に飛来し営巣するとのことで、上の写真を撮影した翌週にはこの撮影ポジションは立入禁止になった。次に入れるのはオスプレイが去った秋である。上で<やっかいなことに>と書いたのはこのことである。

あまらぼ鍋屋町

2018年4月14日 (土)

機関車庫のカマが外に出た (ディドコットその5)

ディドコットその2でご紹介したブルーベル鉄道からの訪問機をこの庫に戻す際に、支障となる蒸機4輌を一旦外に引きだした。たまたま近くにいたので慌てて撮影に駈けつけ、広角で歪みが残っているし完全に真横ではないものの好きなサイドヴューを撮れた。


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GWR 1400 クラス 車輪配置0-4-2T

スィンドン工場1936年製  2021年の動態復帰を目指しているとのこと

当初は4800クラスと呼ばれた。 ディドコットその2でご紹介した制禦客車Autocoachと連結してプッシュプル運転に使用されたものもあった。当機もそうである。(他の形式の機関車も使われた)

またこの機関車はDidcot Railway Centreの母体となっているGreat Western Society (GWS)が最初に購入した機関車とのことである。本クラスのカマは各地に保存機が4輌ある。


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GWR 5700 クラス 車輪配置0-6-0PT (パニアタンク機)

スィンドン工場1937年製 5年前に火室トラブルで静態となった。

1929年から50年まで製造され総計863輌にものぼった。スィンドン工場製だけではなくノースブリティッシュなどのメーカ製もある。19379月から3812月に製造のものは3700番台となっている。

本クラスの保存機は16輌ある。

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GWR 2884 クラス 車輪配置280 

スウィンドン工場 1940年製. 重貨物用機だが各地に計9台保存されている。現在の動態機はLlangollen サンゴセンRailway1輌と思われるが、動態復帰を目指しているものが5輌あるようだ。


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GWR 7800 クラス( Manor Class )車輪配置4-6-0

スウィンドン工場 1938年製

6800クラス(Grange Class460の軽量版として開発され、活躍した路線が多かった。XX Manorという名が附いている。現在保存機が各地に計9輌あり、うち動態が4輌あると思われる。

その他気動車の乗車などもあり、それなりに面白かったがカマの話から逸れてしまうし、一旦ディドコットは終わることにする

あまらぼ鍋屋町

2018年4月12日 (木)

機関車庫の他所者 (ディドコットその4)

機関車庫にはぎっしりと標準軌の大小の機関車が並んでいる。こういうのを撮るときに邪魔になるのが他のファンである。それが家族連れだと更に面倒で、なるべくこれが居ないときに行くのが良い。と言うことで、此処には10時半の開場後すぐに駆けつけた。それでも半分くらい撮影したところで他のファンが来て、それからは効率がガクンと落ちた。そんなに苦労して撮影しても、超広角ズームでの撮影なので結果は良くない。

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さてこの機関車はJane Shannonと呼ばれている。ディドコットにあるGWR以外のカマはわずか2輌であるがその一つである。(ディドコットその2で書いたような他の博物館などからの訪問機は別にして)

George England1857年製、車輪配置 0-4-0WT 静態保存である。The Sandy & Potton Railwayが最初の配属でShannonと名附けられた。この鉄道はオックスフォードとケンブリッジを結ぶ*路線であったVarsity Line(1993年廃止)Pottonからでていた3マイル餘りの路線であった。のちLNWRLondon and North Western Railway)に移った。78年にWantage Tramway に移りおそらく1945年の貨物廃業まで使われた。この時代にはJaneと呼ばれていた。Wantageはオックスフォードシャーの町で、この鉄道はそことGWRの本線とを結ぶ2マイルの短い路線であった。

*大学で有名な二つの町であるが、この鉄道の廃止で直接連絡する路線が無くなった。ただ直接連絡でも時間がかかり、何よりも本数はごく少なかった。小生がその末席を汚している海外鉄道研究会の1994年会長講演で当時の会長小池滋先生(英文学)がこれに関する話をされている。なおこの地域の利便性向上をめざし、現在新しい路線をつくろうという計画があるようだ。

あまらぼ鍋屋町

2018年4月10日 (火)

これは翻訳機?(ディドコット餘談)

日本人が海外旅行に行くようになって、「日本人は何でもすぐに写真を撮る」とか「眼鏡を掛けてカメラをぶら下げていたら日本人」などと揶揄されたものである。今は国によらず誰もがデジカメやスマホを持っていて、何でも矢鱈に写真を撮るようになった。

しかし今でも、特に西欧の白人の高齢者には日本人(あるいは今ならZ国人主体のアジア人と言い換えるべきか)がパシャパシャと写真を撮るのを快く思っていない人が居るようだ。滅多に文句を言われることは無いが、露骨に嫌な顔をされることはままある。

特に私が感じるのは、展示物の説明板などをメモ撮りするときである。かれらはそれらを撮らずにその場で読む。当然である。地元の常設展示の解説日本語をメモ撮りする日本人がまず居ないのと同じことである。


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ここでブロードゲージのカマと客車の解説が冊子になっていたのを撮影したのだが、なんと先に読み終わった小母さん(失礼、私より若いかも)がページ繰りを手伝ってくれた。

そして質問された「それは翻訳機なの?」

「英語は読めるのだが、あなた方母語話者のような速さで読めないし、分からない単語もあるので撮っておいてホテルや帰国してから読むのである」とご説明した。私の見るところ一般的な英語人は、「外国語でなんとか用が足せる程度にはできる」という状態がどんなものかをうまく想像できないようだ

自動翻訳は近年ある程度は精度が向上している、ハンドマイク様の器械で数言語に自動通訳できるものが、特に災害時対応などに実用化された、あるいはされつつある、とのニュースもどこかで読んだことがある。

理窟の上ではカメラ様のモノで撮ってすぐに翻訳して画像にすることは可能であろう。しかし、そのようなものが実用化されても、私としては元の文章(の画像)は残しておきたい。

あまらぼ鍋屋町

2018年4月 8日 (日)

広軌の蒸機 (ディドコットその3)

現在、新幹線や阪神、阪急などを広軌と称することは無いが、戦前には-特に国鉄の改軌論争では-標準軌のことを広軌と称したことが多い。世界的には軌間4フィート8インチ半が標準軌であり、それよりも少しでも狭いもの*はナローゲージ(狭軌)で少しでも広ければブロードゲージ(広軌)である。

Great Western RailwayGWR)はその技師ブルネル(=Isambard Kingdom Brunelイザムバード・キングダム・ブルネル)の考えにより、7フィート1/4インチ(2,140mm)のブロードゲージに拘ったのであるが、標準軌との競争に結局は破れてしまった。乗り換えの不便、貨物乗せ換えの不便に耐えられなかったのである。技術的に(あるいは理窟の上で)優位にあっても、多勢に無勢であった。

面白いのは、当時のGWRやその同調者には標準軌のことをナローゲージと蔑称*したものがいることである。

ともかくここディドコットはGWRの歴史展示を重視しているので、ブロードゲージの機関車もレプリカで静態ではあるが2輌ある。

置いてある場所は入り口からは一番遠いところである。Didcotを訪問するに当たり、数年前に私を初めて英国に案内してくれた悪友に念のため概要を事前に尋ねておいたので、忘れずに見ることができた。先達はありがたいものである。

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GWR
Fireflyクラス
Fire Fly 2005年製造のレプリカ 車輪配置2-2-2 現地で買い求めたThe Didcot Guide Second Editionには走行写真が載っているが現在は静態である

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GWR Iron Dukeクラス Iron Duke 1985年製のレプリカ 車輪配置4-2-2

National Railway Museum

の所有で現在は此処へ貸与中である。

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客車もある。このみすぼらしい、おっと簡素なのが三等車かと思ったが実は二等車であった。よく見ると座席の脚は丸く、何と称するのか優雅な形に整えられている。

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最初は無蓋車と思ったこちらが三等車であった。

*米国ニューハンプシャー州のワシントン山登山鉄道the Mount Washington Cog Railway4フィート8インチゲージで、あえて言えば一番広い狭軌と言える。まあそういう拘りを言う人は極少数だろうが。なお、この鉄道は世界最初の歯車軌道の登山鉄道であり、ヨーロッパなどから技術者が多く視察に訪れたとのことである。

**ナロー大好きの私にはこれは尊称である。

餘談になるが英語で narrow-mindedは通常は「度量が狭い」という悪い意味であるが、鉄道趣味の世界では洒落言葉として「ナロー大好き」であることを言うことがある。

あまらぼ鍋屋町

2018年4月 4日 (水)

制御客車 (ディドコット その2)

前回は蒸気動車であったが、さらに関連するものをご覧いただく。

ここDidicotには運転路線が2つある。南側の短いのと北側のそれよりは少し長いのである。それぞれに一台(一編成)ずつ走っていて昼に相互に運転場所を替えた、もう一つ走っていたのがこれである。牽引(推進)している客車は制御客車auto trailer

である。英国では蒸気動車がかなり早くに登場したこともあり、蒸気動車では輸送力が不足してきた。それでこれらから動力部を外し、オート・トレーラとしたものが現れた。これを蒸気機関車と組み合わせてプッシュプル運転*を行える。機関車の両側に附けることも可能であった。

外観はこれである。つまりここから見る限り前回の93号と同じである。
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しかし側面を見ると、当然ながらどちらの台車も通常のものである。短い方の運転路線で綺麗にサイドヴューが得られなかった(<言い訳)
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これの運転台も覗かせてもらった。ただし運転台部分は形態が残っているが、残念ながら反対側(機関車を附ける側)の装置は外されていた。またこのカマもオート・トレーラとの組み合わせに対応したものではない。

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それもそのはず、当機はイングランド最北部の
the Dorking Greystone Lime Worksでその生涯をすごした3号機である。1877Fletcher Jennings & Co.製、製番158、現在はブルーベル鉄道の所有で此処へは訪問である。


*以下は以前にも書いたので、このブログを初めて訪問された方以外は読んでいただく必要はありません。

プッシュプルとはどちらの方向にもそのままの編成形態で運転する(即ち推進運転も牽引運転も)ことを言う。日本語(和製英語?)のプッシュプル(=編成の前と後ろに機関車を附ける)は英語ではトップ・アンド・テイルtop and tailと言い。文字(語義)通り「頭と末尾」にカマを附ける意である。

 

あまらぼ鍋屋町

2018年4月 2日 (月)

蒸気動車 (ディドコット その1)

少し前にスリランカのナローの蒸気動車の静態保存(というには情けない現状であるが)の写真を載せ、その時に走行は撮影したが乗ったことは無いと威張った?ので、英国の動態保存のものに乗車してきたのをご紹介する。

訪問したのはDidcot(ディドコット) Railway Centre、倫敦からも近い。単に開いているだけの日は多いのだが、蒸機運転日は週末主体でその時には他に優先したいところがあり、、、と今まで機会が無かった。

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ものはこれである。Great Western Railwayのもの。英語ではSteam Railmotorと称する。

Swindon Works1908年製(参考文献のガイドブックでは1912年)、GWRの蒸気動車はいくつかに分類されるがこれは最終のものでR型である。

1934年に動力部を取り外し、制御車auto trailerになり56年まで使われた。2011年にレプリカの動力部を取り附けて動態に復帰した。車体は木製で本線走行の認可を得るには苦労したようである。もちろん今回の訪問時は構内をウロウロ走っただけ。

 

肝腎の運転台であるが、まず機関部と反対側。大きなおなかを凹めてくれたのだが、ブレーキハンドルの一部がどうしても隠れてしまった。加減瓣ハンドルから床へロッドが下りているのが見える。
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そしてボイラ側。なかなか入れてもらうチャンスがなく、もう動かすよというところでやっとワンカット撮れた。こちらは加減瓣ハンドルへ床下からロッドが上がってきているのが分かる。

走行写真では動力台車(という呼び方でよいのかな?)がよく分からないのでその部分を一枚
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他にももう一台蒸機の走行と色々な展示があって、雨の中一日居ても飽きなかった。最初の走行写真は昼過ぎにわずか
10分ほど日が差した幸運な時間帯であった。

参考文献 The Didcot Guide Second Edition

あまらぼ鍋屋町

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