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2018年6月 4日 (月)

物語を忘れた外国語(その3)

第八章 エストニア語行き星の切符

-、、、、架空の国があれほどリアルに描かれる一方で、物語では常に非現実的に描写される空間がある。 大学だ。 -

これは黒田氏が大学教師である(であった)からそう思われる部分が多いのだろう。分り易い例として挙がっているのは、教授を呼ぶときに本や映画で「教授!」だが、現実には「先生!」である。

「鉄」が文学作品を読むと、鉄道関係はマチガイのオンパレードで、少なくとも私には気になって仕方ないし、読むのも嫌になることがある。これについてのイチャモンは、たとえば

500系のぞみは最高時速240キロ?」 

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/500240-00d6.html

また本文ではなく解説の間違いに関しては「内田百閒電車を待つ」

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-cc02.html

で書いた。

第九章 マイ・フェア・言語学者

―『ピグマリオン』、、、、スウィートは音声学者として非常に優れていた、、、、、「彼にとって、熱烈な音声学者以外の学者は皆愚か者だった」というのだから、、、、―

「ピアニストには三種類しかない。ユダヤ人か、ホモか、下手糞だ」というホロヴィッツの言葉を思い出した。この分類に従うとマルタ・アルゲリッチも内田光子も下手糞になる。ホロヴィッツはウクライナ生まれのユダヤ人だ。

十三章 私的ソビエト文学案内

―チンギス・アイトマーノフ『一世紀より長い一日』、,,,の舞台は中央アジアのカザフである、、、たとえばエゲジイが働く退避駅は、、、、、二重の標記はボランルイがカザフ語で、ブランヌイがロシア語であり、、、、―

鉄道シーンがほんの少しでも、こういう本は読んでみたい。それに著者の名前が良いではないか!

それで若い時に見たソ聯のモノクロ映画を思い出した。何処で見たのかも、ストーリーすらも覚えていないが、中央アジアの乾燥地帯の虞らくはナローゲージのディーゼル機関車のシーンが印象的だった。ひょっとして、若くして亡くなったかなり年上の東京の友人の所で見たのかもしれない。かなり左翼的な人だった。ロシア語も誰かさんのように大学で仕方なくではなく、ソ聯への憧れから学んだようだった。彼は「鉄道模型趣味」の200号に「1号からの読者」としてほんの少し書いている。(なお鉄道模型趣味には最初の謄写版の1号~3号とその後の印刷の1号から-現時点の最新は917号-があるが、彼の場合は印刷の1号からであった)

あまらぼ鍋屋町

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