日記・コラム・つぶやき

2019年3月31日 (日)

放屁命令時代の終り

こころぐはまだ不安定なままで、不慣れも手傳って使いにくいのですが、この記事は時機を失するわけにもいかないので無理してあげることにします。(あまらぼ鍋屋町)

上方落語に「地獄八景亡者の戯れ」という上演に1時間以上もかかる超大作がある。多くの上方落語ネタがそうであるように、これも途絶えかけていたものを「桂米朝」が「文の家かしく」師から聴き取って今に傳えた、というより再構成したものである。そのなかで四分の三くらい進んだところであるが、亡者が極楽へ行けるか地獄へ落されるかの閻魔さまのお裁きのシーンがある。(「桂米朝上方落語大全集第十集」から引く、鍋屋町が不当と考える略字もそのままである)

 

閻魔「本日は先代閻魔一千年祭に当たるをもって、一芸あるものは格別のはからいを以て極楽へ通しつかわす、、、、、、

、、、、、、、、

丙「私、曲屁をやります」

閻魔「手品のあとは曲芸か」

丙「いや曲芸やございません。曲屁をやります」

閻魔「曲ベ、曲ベとは何じゃ」

丙「屁のこき分けをいたします」

(そして丙は“一尺より一寸短い屁”、“梯子屁”、“長刀屁”と披露し、無事極楽行きを許される。)

 

「出物腫物所嫌わず」といって出るものを我慢するのは難しいし、健康にもよくないだろう。しかし、逆にモヨオサナイときに出すのはもっと難しい。自由自在に屁をこき分けるのは並の人間がやれることではない。品位はともかく、極楽行きの値打ちは十二分にある。こき分けるどころか、屁をこけと言われて、「ハイ」と直ちにできるものではない。一般的な健康診断で「採尿」はあるが、「採ガス」はない。

 

年号の平成を決めた時の識者というか学者とその方が推された最終候補は次であったと考えて間違いなかろう。東洋史学者・山本達郎氏の「平成」、儒学者・宇野精一氏の「正化」、中国文学者・目加田誠氏の「修文」である。当時はそういう論はあまり見なかったと思うが現時点から振り返ると、ローマ字表記すると「正化」「修文」はいずれもSから始まるので、昭和の次の年号としては相応しくない。また「修文」は文章を手直しし、さらには飾るという意味で使うこともあるので「俗用されていないこと」という条件に抵触するし(俗ではないかな)、「正化」も正しくするという意味がどうしてもチラツク。いずれも当て馬であったと考えてもよい。

 

19891月 当時官房長官であった故小渕恵三(のち首相)が「平成」の文字を掲げて、次はヘイセイですと発表した。テレヴィは無いので私はリアルタイムで見たわけではないが。私のように上品とは無縁の関西人、関西育ちはあっけにとられ、噴き出すのを我慢したのではないだろうか?「平成」にはとんでもない重大な缺陥があった。関西辯を解する方には解説不要であるが、「ヘエセエ」は共通語で言えば「屁をしろ」「屁をこけ」ということである。政府は30年以上にわたって毎日毎日、並の人間ではできない曲藝を要請してきたのである。

 

三氏の略歴を見ると、どなたも関東の生まれ育ちで、東大卒である。関西辯にはまず無縁であったと推測される。一人でも関西育ちが居たら、「平成」は採用されなかったであろう、との説が直ぐに出た。私もそう思う。ちなみにこの件の事務方トップを務めた高級官僚は滋賀県生まれ京大卒だが、「口を挟む訳にはいかないし、、、」と遠慮されたのか?それとも鍋屋町と違って上品な方で思いつきもしなかったのか?そもそも天皇が今も京都住まいであれば、こんな恥づかしいことにはならなかったであろうが。

 

「屁エセエ」なんぞは所詮関西の“方言”で、“品の無い俗語”ではないかと仰る方もいらっしゃるだろう。関西辯が単なる方言といえるかどうかの議論を措けば、確かにそうだが、あるところでは次のような配慮がなされたことがあるので記しておく。

ある石油関連の会社、以前はエッソと称した。この会社が社名を新しくすることにした。条件は発音しやすく、親しみやすいこと。有力な候補に「エンコ」があった。国際的な政治力は弱いが当時は経済が伸び盛りであった極東の某国に、この語と同音の“俗語”があり、その国では同社のイメージを著しく損なうことがわかった。そのため採用されず、社名は「エクソン」となった。

 

報道によると「(新年号に就いて)天皇の政治関与を禁じた憲法4条に抵触しないよう(今上天皇と新天皇に)意見は求めない」とのこと。平成と決めて発表する時もそうだったのだろうか。薨去後恥づかしい名前で呼ばれるようになることが拒否できないとはまことにお気の毒である。キラキラネイムを附けられた子供でも、裁判により変更できる場合もあるのに。

(注記:表向きは上に書いた通りであるが。このところ首相が皇太子に何度か面会していたようである。天皇の場合は内奏であるが、皇太子の場合にそういう専用の用語があるのかは知らない。ともかく、屁エセエの失態再演を避けるため、内諾を得るための説明かもしれないと邪推している)

 

なお鍋屋町としては、新しい年号を歓迎しているのでは全くない。

年号という支那思想(皇帝が時も支配する)に基づく習慣は廃止するのがよい。今回史上初めて、出典を漢籍ではなく日本のものから採るかもしれないとのことであるが、そういう出典の問題ではない。なぜ馬鹿馬鹿しい習慣にいつまでも囚われるのかが問題と思うのである。そもそも暦は継続性が重要である。年号を使うと年の数え方がいつまで続くか予測がつかないし、次の年号が何になるかも直前まで発表されないのでは、社会の基準・尺度として極めて不安定で不合理である。餘計な社会コストもかかる。残すとしても単なる習俗に留め、公式文書へ採用して国民に使用を強制することは是非止めるべきである。

キリスト教基準の西暦がどうしても嫌だったら、皇紀(西暦+660)でもよいと思う。天皇を日本の象徴とする憲法を是とするなら、神話基準でもおかしくない。タイでは公文書は必ず佛歴(西暦+543年)で書いている。(但しイスラム歴とは異なり、月日は西暦に合わせている。)タイで佛教は人々の生活に大きな影響を及ぼしているし、国王は佛教徒でなければならない。しかし佛教は国教ではなく、クリスチャンもムスリムも多い。キリスト生誕もその後の研究で西暦と一致しないことが分っているし、釈迦の入滅はもっと不確かだろう。

 

<蛇足ならぬ蛇屁>

この件(ヘエセエの意味)をある関東の方に話したことがあるが、関西辯には全く馴染みのない方だったで、「へえー、そうなの」と驚かれた。

 

なお、平成の元々の考案者は安岡正篤(名は「まさひろ」)であったが彼が死んだため、山本達郎氏を立てて再度提出させたとも傳わっている。安岡は大阪生まれであるが東大卒で東京暮らしが長くなり、雅な関西辯を忘れたのか(大多数の関西出身者は忘れないのだが)、あるいは上述の高級官僚みたいに上品な人間だったのか。

 

あまらぼ鍋屋町

2018年12月 4日 (火)

京成電鉄旧博物館動物園駅 一般公開

弊ブログでは国内ものをあまり取り上げないのですが、たまには行動記録として残しておきます。

私には京成電鉄は大手民鉄の中でも最も馴染みのない鉄道の一つである。止むを得ず成田空港を利用するが中空―成田の便が取れなかった時に日暮里‐空港を利用するくらいであった。その他の区間も全て国鉄民鉄完乗のために乗ったことがあるが、再度乗る機会はほとんどない。

ローカル線は全て乗りたかったが、大手民鉄の乗り潰しなんぞはするつもりは無かった。しかし大阪南部育ち、名古屋に職を得た田舎モンになんと花のお江戸で3年半ほど勤務する機会があった。30年以上昔のことである。それで、この機会に、、、と乗ったのである。その一環で用もない上野-日暮里間も乗った。この駅の存在はその時に知ったが、ワザワザ写真を撮ることまではしなかった。

この駅自体、閉鎖の経緯、今回の公開行事については簡単にネット検索や京成のPRで見られるので「屋下屋を重ねる*」解説は控える。以下私個人の感想などだけである。

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駅外観と整理券

東京に他用のあった翌日(日曜日)に行った。朝11時からだが整理券方式とのことなので、10時半過ぎに現場に着いた。ここで田舎モンは考えが甘いことを思い知らされた。天気の悪い日でも日曜なのである、残っていた整理券は15時半から入場の最終回が数枚であった。私が単独であることを知ると、掛の方は14時半からのキャンセル1枚があると言ってくださった。16時が公開終了時刻なので滞在可能時間が長いそれを貰った。入替制はとっていない。(考えが甘かったことにより、この後に行った写真展の鑑賞がわずか20分ほどになってしまった)

なお掛の方のお話では、整理券配布は10時からで、金曜日ですら11時には整理券は全く無くなったとのことである。


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左はエントランスの天井である。左下に見えているのはアナウサギなのであろう。

広い階段の左半分を使って、スライドを利用して京成電鉄やこの駅の歴史説明などがあった。

その説明の中で初めて知ったことだが、京成にも「テレビカー」があったとのこと。有名な京阪のより23か月後とのことである。そしてその当時の写真がないので探しているとのことであった。

京阪の特急は学生時代に通学に使っていたのであるが、テレビカーに乗るのは避けていた。流しているのは愚にもつかない歌謡番組か、喧しい野球中継で、この種のモノは大嫌いなのである。たまに間違って乗ってしまうと、他の車輛へ移って立つのも辛いし天井のスピーカからの大音声を46分間じっと忍耐であった。(当時は京橋~七条無停車で今より速かった)

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人が途切れた瞬間を狙っての階段と窓口跡

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今回見学できるのは途中の踊り場までであり、ホームはもとより、階段下の切符売り場にも近づけない。

そして、踊り場から下の階段にいたるところはガラスで仕切られていて、そこは落書きを楽しむ馬鹿馬鹿しいイヴェントを行っている。ガラス越しに撮影するのに落書きの無い所を探さねばならないが、ほとんど残っていなかった。この落書きは金土日の3日分を記録したのち次の週の公開に備えて消すようである。

例によってイチャモンを書いたが、30年前に機会を逃した田舎モンにはアリガタイ公開であり、関係者にお礼を申し上げる。

(蛇足)

*:現在は一般に「屋上屋を重ねる」というが、本来の言い方はこれであった。屋上に屋を重ねたら、立派なものはペントハウス、ショボイものでもテント程度にはなり、その屋の下を有効利用できる。しかし屋の下に屋を設置しても精々飾りになるだけで場所の有効利用にはならない。

あまらぼ鍋屋町

2018年11月 8日 (木)

ダンボールのC62

このブログとしては異色の話題ですが、面白いし数日のうちに終わるものなので割り込みます。追記:予定通り11日に終了したとのことです。

現在、中京(ちゅうきょう)テレビ本社の入口にC62の実物大段ボール模型が飾られています。11日の日曜日まで「鉄道フェスタ」だそうです。九州の島英雄さんの2作目を運んできたそうです。

テレビは全く見ないので家に置いてすらいないのですが、これの担当の方のブログで知りました。組立時の駒落とし動画もあります。

https://www2.ctv.co.jp/tekken2/2018/10/30/25605

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製作者のお名前にもちょっと驚きますが(一文字だけ違いますので念のため)、模型は実によくできています。C6251という番号もしゃれています。そして担当の方が鉄なので、エントランスホールの実に撮りやすい位置にセットされていますし、周りのロープ、横にあるテーブルや椅子などもぎりぎりクリアできる位置です。ただ35ミリフルサイズなら50mm程度の標準レンズではちょっとキツイので、撮るなら35mm程度あるいはズームを持参された方が良いでしょう。完全な真横だけはフルサイズなら14mmに相当する超広角でも、ほんの少しですが、無理でした。

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内部構造が分るように、右側ボイラーケーシングは今回意図的に附けていないようです。

また、サイドロッドは両側とも!下りています。静態モデルならではの配慮でしょうか。

右側は日が暮れてからの撮影がお勧めです。

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場所は「あおなみ線」で名古屋から一駅「ささしまライブ」すぐです。私があおなみ線にのるのはこれでやっと5回目でしょうか。「ささしまライブ」のローマ字表記は担当者の苦慮?が偲ばれます。集客に苦労している路線ですので、乗ってやって確認してください。5回目の利用者がエラソーなことを言えませんが、、、、

餘談ですが、これが青波ではないこと、しかし地下鉄東山線の漢語(所謂中国語)案内で、Aonami シエン(アオナミ線)ではなくチンボーシエン(=青波線)と放送されていることにはだいぶ前に当ブログでイチャモンを附けたことがあります。今もそのままです。

あまらぼ鍋屋町

2018年6月 5日 (火)

物語を忘れた外国語 (その4)

やはりイチャモン

第十章 太陽系共通語のルーツ

―、、、、そこには映画『惑星ソラリス』の原作で有名なポーランドのスラニス<ラ>フ・レムや、、、、―(<>は引用者による)

とある。

これはスラヴ諸語を専門とされる黒田氏らしくない珍しいミスだ。

この作家のポーランド語原綴りはStanisław Lemである。ポーランド語の<ł>は勿論Lに関連するのでこのような文字なのだが、現代ポーランド語では(英語で言えば)wの発音をする。*即ち、この作家は假名書きすればスラニス<ワ>フ・レムである。

黒田氏のために辯護すると、氏はロシア語訳で読まれたのかもしれない。ロシア語(で使うキリル文字)にはこの文字は無いのでLに相当するキリル文字Лで代用する。それでうっかりされたのだろうか。タイトルはСолярис(サリャーリス)である。何故ラがラлaではなくリャとなる(と表記する)かは話がずれるので別の機会に。

実は日本へは「ソラリスの陽のもとに」のタイトルで最初はロシア語訳からの重訳で紹介された。だから私が最初に読んだ訳でも「スタニスラフ」となっていた。その後沼野充義氏**によるポーランド語からの直接訳が出て「スタニスワフ」と直された。恥ずかしながら私は最初誤植かと思い、これが正しいと分かってからも、発音しにくいなあ!と思っていた。


また、このアンドレイ・タルコフスキー(ソ聯)監督の映画「惑星ソラリス」は見たが、異世界を象徴する画像としてなんと東京の首都高速道路が出ていたので吃驚するとともに、そのお手軽さに馬鹿馬鹿しくなった。まあ当時のソ聯と日本の表面的インフラ整備状況の差を考えると仕方ない面もあるのだろうが。

そして原作は「知能を持つ海」との対話の試みを主題とする哲学的なものであるのに対し、タルコフスキーの映画はその海が主人公の記憶から作った亡き妻とのやり取りの方が主要になり、表面的ストーリーとしては面白いかもしれないが、原作の深さをかなり損ねていると私は思う。個人的な好みではあるが、原作者のレムもタルコフスキーに激怒したとのことであるから、的は得ているのではないかと自負している。

21世紀になってできたアメリカのリメイク版「ソラリス」は見ていない。アメリカであんな哲学SFをちゃんと映画に作れるのかなあ?と思うからである。「それはお前の偏見に基づく豫断だ、見る価値あるよ!」ならばお教えいただきたい。

そろそろ鉄に戻りましょうか。

以下蛇足
* 以前書いたのと同様の繰り返しで恐縮だが、この<ł>の文字は日本人にも馴染みのある単語にも出てくる。まずは通貨単位のzłoty、殆どの方がズロティと仰り銀行の両替所でも所によってはそう書いてあるが、正しくは「ズウォティ」である。ちょっと古い#が連帯のLech Wałęsa議長、日本ではワレサと紹介されているが「ヴァウェンサ」である。これにはもう一つの間違いがあり、wはウではなくVの音で読む。また語尾にある場合はFの音になる。だからStanisławの最後のwも假名書きするとフである。

#ご本人は「俺は元気で活躍しておる!」とお怒りになるだろう。鍋屋町と10歳と違わない。
これらは虞らく英語経由で紹介されるためであろう。ロシア語同様英語でもLで代用するしかない。ポーランド語を知らない大多数の英語人は(そして他のヨーロッパ人もアジア人も、、、、、)Lの音で発音する。

**弊ブログの参考記事 http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-0f0e.html  

あまらぼ鍋屋町

2018年6月 4日 (月)

物語を忘れた外国語(その3)

第八章 エストニア語行き星の切符

-、、、、架空の国があれほどリアルに描かれる一方で、物語では常に非現実的に描写される空間がある。 大学だ。 -

これは黒田氏が大学教師である(であった)からそう思われる部分が多いのだろう。分り易い例として挙がっているのは、教授を呼ぶときに本や映画で「教授!」だが、現実には「先生!」である。

「鉄」が文学作品を読むと、鉄道関係はマチガイのオンパレードで、少なくとも私には気になって仕方ないし、読むのも嫌になることがある。これについてのイチャモンは、たとえば

500系のぞみは最高時速240キロ?」 

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/500240-00d6.html

また本文ではなく解説の間違いに関しては「内田百閒電車を待つ」

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-cc02.html

で書いた。

第九章 マイ・フェア・言語学者

―『ピグマリオン』、、、、スウィートは音声学者として非常に優れていた、、、、、「彼にとって、熱烈な音声学者以外の学者は皆愚か者だった」というのだから、、、、―

「ピアニストには三種類しかない。ユダヤ人か、ホモか、下手糞だ」というホロヴィッツの言葉を思い出した。この分類に従うとマルタ・アルゲリッチも内田光子も下手糞になる。ホロヴィッツはウクライナ生まれのユダヤ人だ。

十三章 私的ソビエト文学案内

―チンギス・アイトマーノフ『一世紀より長い一日』、,,,の舞台は中央アジアのカザフである、、、たとえばエゲジイが働く退避駅は、、、、、二重の標記はボランルイがカザフ語で、ブランヌイがロシア語であり、、、、―

鉄道シーンがほんの少しでも、こういう本は読んでみたい。それに著者の名前が良いではないか!

それで若い時に見たソ聯のモノクロ映画を思い出した。何処で見たのかも、ストーリーすらも覚えていないが、中央アジアの乾燥地帯の虞らくはナローゲージのディーゼル機関車のシーンが印象的だった。ひょっとして、若くして亡くなったかなり年上の東京の友人の所で見たのかもしれない。かなり左翼的な人だった。ロシア語も誰かさんのように大学で仕方なくではなく、ソ聯への憧れから学んだようだった。彼は「鉄道模型趣味」の200号に「1号からの読者」としてほんの少し書いている。(なお鉄道模型趣味には最初の謄写版の1号~3号とその後の印刷の1号から-現時点の最新は917号-があるが、彼の場合は印刷の1号からであった)

あまらぼ鍋屋町

2018年6月 3日 (日)

物語を忘れた外国語(その2)

第二章 ボッコちゃんの動詞活用 

「ボッコちゃん」がする鸚鵡返しに就いて

黒田氏は、―、、、、チェコ語訳には、おそらく訳者ですら気づいていない、興味深い点がある。― と書かれている。

星新一の「ボッコちゃん」はバーに居る美人ロボットだがお頭は空っぽで、たとえば「何が好きなんだい?」と訊ねられると、「何が好きかしら」と繰り返すだけ。しかしチェコ語に(というか英語以外の大抵のヨーロッパの言語に)翻訳するには、「好き」の二人称と一人称は形を変える必要がある。どの言語も大部分の動詞は規則活用するが不規則動詞もあり、よく使う動詞に限ってそうである。

チェコ語を話すボッコちゃんはこれらをしっかり覚えているわけだ。

ただ黒田氏は当然気づかれただろうが、煩雑になるので述べられなかったことがある。

御承知の通り日本語にも動詞の変化はある。しかし人称によって変化するのではなく、動詞の後にどんなものが続くかで変わる。日本語での活用は

 読む 読まない 読みます 読めば 読もう、、、、、という具合である。

客が訊ねる「○○かい?」とボッコちゃんが答える「○○かしら?」では○○の部分はたまたま同形である。しかし

 「○○かい?」に対して「嫌よ、○○しないわ!」と答えるロボットを作ると、○○の部分の形を変えないといけない。

 「食べるかい?」に対しては「嫌よ、食べないわ!」で「食べ」は変化しないが「る」が不要になる。そして

 「飲むかい?」に対して「嫌よ、飲まないわ!」となり「飲む」を「飲ま」と変える必要がある。

星新一はこれを上手に避けているのである。

 

なお、日本語の不規則動詞はたったの2つ、「する」と「来る」だけである。

日本語学習者が動詞を覚えるには否定形で覚えるのがよいと聞いたことがある。

「する」 なら する しない します すれば しよう (不規則)だが

「刷る」 だと 刷る 刷らない 刷ります 刷れば 刷ろう (規則)

「来る」 なら 来る 来ない 来ます 来れば 来よう (不規則)だが

「繰る」 だと 繰る 繰らない 繰ります 繰れば 繰ろう (規則)

つづく

あまらぼ鍋屋町

2018年6月 2日 (土)

物語を忘れた外国語

黒田龍之助 新潮社 20184

音を作ることが大切 http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-7106.html

に続いて黒田龍之助氏の本についてである。この本は17章および「はじめに」つまり事実上計18章でいろいろな本を紹介している。もとは小説新潮への連載とのことで、面白いとおもったところが多いが、私にはちょっとピンとこなかった箇所もある。もちろん意見を異にするところもある。少しご紹介しよう。

はじめに ライ麦畑の語学教師

スラヴ諸語の研究者だが、一番の専門はロシア語である著者がチェコ語で講演をすることになって、4カ月弱の期間にどういう準備をしたかが書かれている。やったことは基礎単語一万のPCへの打ち込みとチェコ語の読書だ。うーん、後者は思いつくが前者は思いつかなかった。後者はふつうチェコの文学作品をと思うがなんと星新一の作品集のチェコ語訳を選んだ。その理由はここで簡単に私が紹介するのは困難で本書を読んでいただくべきである。この本全体に通じるテーマでもある。前者の一万語はスラヴ語研究者ならでのレヴェルであろう。役に立って講演は成功したそうだ。もう少し具体的展開を知りたいが、話は本、読書、物語と言語の関係が主題となっていってこの興味深い準備の様子には戻らない。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第壱番の超印象的!オープニングテーマみたいだ。

それにしても、レイルマガジン編集者の言を借りれば「ドイツ語万年出戻り初級者」がドイツへ鉄に行く前にはどういうドイツ語復習が良いのだろうか?

全般

本の中の注について

海外のものを和訳したものには注が多く、逆は極めて少ないことが書かれている。これは数年前のNHK第二の「英語で読む村上春樹」を聞いた時にもそういう解説があったとおもう。解説は黒田氏ではなかったので念のため。黒田氏は小説の場合は鬱陶しいと感じていらっしゃるようだし、特に筋に関係なく推測できるなら要らないと考えられているようだが、私はそうは思わない。もちろん本文中に割って入るのは良くないが、欄外にあるのは良い。巻末だと参照するのが面倒だ。特にキリスト教関係や地誌・歴史に関する事項などの背景を知らずに、読み飛ばすとまずいとおもう。これは私が読むのは、小説・物語以外のものがほとんどなので、小説などにもそういう餘計な要求をするのかもしれないが。

いろいろと面白い本なので、、、つづく

あまらぼ鍋屋町

2018年5月31日 (木)

電動車

電動車という語を見てどういうものを思い浮かべるだろうか?

善良なる非鉄の皆さんなら、電気自動車かな?と思われるかもしれない。あるいは身体障碍者や老人が使う電動カートか。しかし「鉄」なら、電車、正確に言えば電気動力の動力分散式の車輛編成*、のうち動力つまりモータがついている車輛のことだと言うだろう。

*英語にはEMU=electric multiple unitという言い方があるが、鉄以外の英語人にはまず通じない。日本語では電車としか言いようがない。

さて、あるところで鉄道用と比べるとかなり小規模の海底隧道工事の写真と解説を見た。そのうちの隧道内に管を敷設する工事で、運搬の手法について

―,,,立坑から降ろして搬入、シールドトンネル内では電動車により運搬し、溶接で繋いで敷設し、、、、― と説明している。

電動車に新しい語義を加えたようだ。

蓄電池機関車と書いても読者に理解してもらえないから、、、というより記事を書いた方が機関車という語をもう知らない可能性が高いと思う。今は鉄道車輛は何を見てもデンシャだけど、流石に人が乗らないのはデンシャとは言えないという意識が働くのか。

しかしちょっと待て、この説明文を書いたのは広報担当者だろう。そうすると単に現場で聞いた用語をそのまま使った可能性もある。

工事現場や建設工事業界では、(トロッコでは手押しイメージが強いから?)現在はこういうギョーカイ用語を使っているのだろうか?鉄でもそれこそトロッコを追いかけている人には当たり前のことで、「、、、EMUの中で附随車に対して電動車?うん、そういう用法もあるねえ」と仰るのだろうか?

あまらぼ鍋屋町

2018年5月16日 (水)

始末の極意

「始末の極意」と云う落語がある。ここで下手な解説をするより、実際に見て(あるいはCDなどで聞いて)いただくのが良い。実にイロイロと馬鹿馬鹿しい極端な始末(ひょうじゅん語、きょうつう語で言えばケチであろうが、「始末」にはできる限り無駄な金やものを使わないということに力点があり、ちょっとニュアンスが違う)が紹介される。

これで思い出すのが我が母親の始末である。大正生まれ、まあ貧乏でもなく裕福でもない家に育ったのだが、もって生まれた気質か戦中戦後の物の無い時代を経験していたからか、物を捨てられなかった。また水道のタップを捻ってジャーッと勢いよく出すと「メータが廻りすぎて損や」とよく𠮟られたことも思い出す。容積型のメータなのでそんなことは無いと思うのだが。

住んでいた大阪の地下鉄沿線の住宅地にも、昔はイロイロと物売りが来たし、訳の分からんもんも来た。

その中で面倒なのは獅子舞である。大抵は一人で来て、玄関で獅子をあちらこちらに向けて、口をカタカタ言わせる。御払い、厄払いということであろう。堅気の人間ではないので、ちょっと掴ませないと帰らない。今なら「ケーサツ呼ぶぞ」で済むのだろうが。

それで、そういうのがやってくると母親は応対に出ない。私の役目である。幼時なら獅子舞などは怖いのだが、小学生になるともう大丈夫である。母は「これやっとき」と、なんと十円玉一枚を私に渡す。大人が十円玉一枚を出すわけにはいかないが、子供なら、と考えたのである。

しかし、、、、、私にはその十円をやるのが実にモッタイナかった。当時は国鉄の初乗りが十円(子供は五円)であったし、何より十円玉一枚あればタコ焼き一舟七個入りが買えたのである。「始末の極意」では信心家と称する主人公は住吉っさん(大阪の住吉神社、現在は住吉大社という)の四つの社に参詣する際、初めの三社では賽銭箱の隅に一銭玉を載せては引込めし、四つ目でやっと「御一同さんに」と放り込む。私はこの獅子舞対策の後遺症か神社でお賽銭をあげるようなことはしないし、そもそも近寄りもしない。お祓いはもとよりお御籤とかご祈祷とかお布施とか、全部嫌いである。

あまらぼ鍋屋町

2018年4月10日 (火)

これは翻訳機?(ディドコット餘談)

日本人が海外旅行に行くようになって、「日本人は何でもすぐに写真を撮る」とか「眼鏡を掛けてカメラをぶら下げていたら日本人」などと揶揄されたものである。今は国によらず誰もがデジカメやスマホを持っていて、何でも矢鱈に写真を撮るようになった。

しかし今でも、特に西欧の白人の高齢者には日本人(あるいは今ならZ国人主体のアジア人と言い換えるべきか)がパシャパシャと写真を撮るのを快く思っていない人が居るようだ。滅多に文句を言われることは無いが、露骨に嫌な顔をされることはままある。

特に私が感じるのは、展示物の説明板などをメモ撮りするときである。かれらはそれらを撮らずにその場で読む。当然である。地元の常設展示の解説日本語をメモ撮りする日本人がまず居ないのと同じことである。


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ここでブロードゲージのカマと客車の解説が冊子になっていたのを撮影したのだが、なんと先に読み終わった小母さん(失礼、私より若いかも)がページ繰りを手伝ってくれた。

そして質問された「それは翻訳機なの?」

「英語は読めるのだが、あなた方母語話者のような速さで読めないし、分からない単語もあるので撮っておいてホテルや帰国してから読むのである」とご説明した。私の見るところ一般的な英語人は、「外国語でなんとか用が足せる程度にはできる」という状態がどんなものかをうまく想像できないようだ

自動翻訳は近年ある程度は精度が向上している、ハンドマイク様の器械で数言語に自動通訳できるものが、特に災害時対応などに実用化された、あるいはされつつある、とのニュースもどこかで読んだことがある。

理窟の上ではカメラ様のモノで撮ってすぐに翻訳して画像にすることは可能であろう。しかし、そのようなものが実用化されても、私としては元の文章(の画像)は残しておきたい。

あまらぼ鍋屋町

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