書籍・雑誌

2017年10月20日 (金)

闘う文豪とナチス・ドイツ

副題は-トーマス・マンの亡命日記- 池内 紀 中公新書 20178

その国あるいはその勢力範囲の蒸機や鉄道に興味を抱くと、附随してそこの文化と言語にも興味がわいてくる。存じ上げている鉄道ファンの中にはこの本来附随の筈の方が圧倒的に優勢になり、ジャワ島の製糖線蒸機よりもインドネシアに熱中した方や、ミャンマーの蒸機が事実上なくなる前にミャンマー自体に憑かれてしまった方がいらっしゃるが、私はそこまでにはならない。まあ興味は持ち続けるが。

それで私自身のドイツに関してであるが、友人に連れられて行った蒸機現役最末期の東独旅行が最初であった。関連してドイツ語とドイツ文化圏への興味も途切れ途切れながらも持ち続けている。私淑する先生は小塩節さんとこの本の著者である池内紀さんである。お二人とも読みやすい、しかし内容が濃い本を幾つも出されている。

トーマス・マン ノーヴェル文学賞受賞者であるが、そんなものは貰っても貰わなくても今となっては関係ない20世紀の大文豪である。もちろん存命時にはそれが有形無形の、そして良い影響も悪い影響も本人にも周りにも与えていた。

マンは厖大な日記を書いた。初期のものは自ら焼き捨てたが、最後のものは封印し後世に残した。二度目の封印は有能な娘のエーリカが父を葬ったのち558月に行った。開封は758月。エーリカは69年に亡くなっていた。カタリーナ(カトヤ、カーチヤ)夫人の方がずっと長生きした。

小塩節さんは某ラジオ局のドイツ語講座の講師を長く勤められた。私は背伸びして入門篇ではなく、小塩さんの応用篇を聴いたことがある。交流のあったカーチヤ夫人の思い出が語られていた。またエーリカのことを語学の天才とおっしゃった。例えば英語での講演をするときには英訳は彼女の役目だった。しかしそれにとどまらず、有能な秘書、情報収集掛り、助言者であった。

原書は)全32冊、総計5118頁、、、、、激動の時代を証言する、ヨーロッパ精神史の貴重なドキュメント、、、、原書刊行時には「この日記以外に何ひとつ書かなかったと仮定しても、トーマス・マンがその時代のもっとも重要な作家のひとりであるだろうことは疑いを容れない」とも評される (紀伊国屋書店ウェブサイトから、一部省略)

読んでみたいとも思うが、訳書で全10巻。こういう比較はミットモナイが、安くない本で全て買うとヨーロッパへの航空券が買える。まあドイツ文学の学徒でもないから、抄録やエッセンスが分るような解説が無いものかと思っていた。日本人の例で言えば、永井荷風の「断腸亭日常」は岩波版で3000ページに及ぶが、摘録や抄録朗読CDなどがある。そういうものが無いかなあという願望である。

抄録の代わりに読むことにした。碩学かつ名文家の解説であるので関連事象や周辺事情も非常に分り易い。

長くアメリカで後にスイスで亡命生活を送り、ついにドイツに戻ることが無かったことは知ってはいたが、その発端や詳細についてはまるで無知であった。

どうしてヒットラーのような怪物が生まれ、人はどうしてそれの成長をゆるし、あるいはどのようにそれと戦ったのか。

そして現在から振り返るともっと重要な点かと思うが、その怪物が滅びてからもどうしてマンはドイツへ戻らなかったのか?戻れなかったのか?

今の日本のことを考えよう。

ある種の人はドイツは周辺国とそこの人々に詫びたのに、同じ敗戦国なのに日本は、、、、、などと言い続ける。そもそもどこまで真実で、どこからが誇張で言い掛かりであるのか。個々人がどう考えるのか?ドイツではナチにだけ責任を押し附け、一般人は知らん顔を決め込んだのではないのか?

真の民主主義国どうしでは戦争に至った実績は無いと言われる。英国とアルゼンチンがフォークランド戦争(西語ではマルビナス戦争)を戦った時、後者は軍事政権であった。日本の周辺の覇権的な国々や跳ね上がりの国々はどうなのか?近い将来どうなると予想すべきか?アジアでも自由主義、民主主義が発展できるのか?

評論家のお手軽な時勢解説本もそれなりにオモシロイかもしれないが、時には真の闘争者の足跡に思いを致すのも良かろう。手に軽い新書なのに読後感は重い。

あまらぼ鍋屋町

2017年10月14日 (土)

金色夜叉

名作の片隅の鉄道情景(6)

今日の一般の文藝愛好家にとって読む価値ある作品かどうかは疑問の餘地はあるが、発表当時熱狂的に読まれ、演劇化、映画化もされており「名作」であることは間違いない。多くの人がタイトルと熱海の海岸のシーンはなんとなく知っている。しかし最後まで読んだという方は決して多くないと思う。

尾崎紅葉著 新潮文庫 196911月 読んだのは2004544刷改版 である。

使用漢字に疑問あるところ(後述)もそのまま此の版から引きます。ただし原文にはたっぷりルビが附されているが、興味深いものを除き省略します。

P.74 前編 第七章 最後

 「いえ、滊車の中で鮨を食べました」

駅瓣なのか?それとも街中で買うたかは書いていない。日本の駅瓣の起源には諸説あるが、この小説(最初の部分)が発表された1897年にはもう各所にあった。ただ鮨が駅瓣にあったのかは分からない。また鮨と言っても各種あるがどんなのだったろう?

P.92 中編 第一章 冒頭

  新橋停車場の大時計は四時を過ること二分、東海道行の列車は既に客車の扉を鎖して、機関車に烟を噴かせつつ、三十余輌を聯ねて蜿蜒として横はりたるが、、、、

、、、、駅夫は右往左往に奔走して、早く早くと、、、、、

当時はまだ小型の客車なのだが、30輌餘りは壮観だろう。

P.103 同上 最後

  「、、、、それから切符を切って、歩場(プラットフォームのルビあり)へ入るまで、、、、」

  横!横!と或いは急に、或いは緩く叫ぶ声の窓の外面を飛過るとともに、、、、

、、、、場内の彼方より轟く鐸(ベルのルビあり)の音はこの響きと混雑の中を貫きて奔注せり

 プラットフォームという英語は知られていても日本語の定訳が無いことが推測できる。歩場という語がどれだけ使われたのが分らないが、日本語らしい日本語訳ができないまま、プラットーム、短縮して”ホ”ームが定着してしまった。漢語(いわゆる中国語)では站台や月臺(月台)ができたのに。

月臺については「中華特急のスローライフ」に興味深い考察がある

https://nkurashige.wordpress.com/2017/03/17/%e6%9c%88%e5%8f%b0/

P.104 同 第二章 冒頭

 、、、、午後四時発の列車にて赴任する事をも知るを得しかば、、、、

 、、、、、遽に急ぎて、蓬萊橋口より出でんとあたかも、、、、、

蓬萊橋は汐留川にかかっていた橋。今は汐留川自体が最下流を除いて埋め立てられた。この辺りの由緒ある多くの地名も銀座一色に塗り潰された。情けない限りである。我が居住する市には「名駅」という、まるでホームレスの住所のようなのが、しかも広大な地域に広がっている。対のように「汚な小屋」という市名も近くにある。

P.388 続 第五章 冒頭

  遽に千葉に行く事有りて、貫一は午後五時の本所発を期して車を飛せしに、咄嗟、一歩の時を遅れて、二時間後の次回を待つべき倒懸の難に遭へるなり。、、、停車場前の休憩処に入りて、、、、

本所駅は現・錦糸町駅である。1915年改称。

 今は中央・総武線電車が3,4分おきに出ているかな?快速も各停もある

しかし夕方なのに(あるいは夕方だからか?)二時間間隔とは、まさに隔世の感である

P.464 続続 第一章 (一)の二 冒頭

  車は駛せ、景は移り、境は転じ、客は改まれど、貫一は、、、、遣る方無き五時間の独に、、、、始て西那須野の駅に下車せり。

、、、、、、

 俥を駆りて白羽坂を、、、

西那須野駅は当時はまだ日本鉄道である。1886年那須駅として設置され、91年改称、06年国有化。

五時間とはこれはもうはるかな遠隔地という感じである。いまは普通列車に乗ると宇都宮で乗り換えを餘儀なくされるが、それでも各停で二時間半ほどである。

この時代、自動車はまだない。時代の先端を行くのは俥、ニンベンが示すように人力車である。

金色夜叉は讀賣新聞に1897年(明治30年)11日から1902年(同35年)511日までと長く連載された。尾崎紅葉が亡くなり未完に終わっている。

単行本は 春陽堂 

1898年(同31年)7月、1899年(同32年)1月、1900年(同33年)1月、1902年(同35年)4月、1903年(同36年)6月 と次々出版された。

やはりイチャモン

新潮文庫版は最後のところに 表記について として、次の通り記載されている。

新潮文庫の文字表記については、「原文を尊重する」という見地に立ち、次のように方針を定めました。

一、 旧仮名づかいで書かれた口語文の作品は、新仮名づかいに改める。

二、 文語文の作品は旧仮名づかいのままとする。

三、 旧字体で書かれているものは、原則として新字体に改める。

以下略 

どこか原文尊重なのか?これではシンチョーではなくケーソツ社である。

旧假名づかい(正假名遣い)の文を間違いなく書くのは今の教育を受けた人には難しい。しかし読むのは決して難しくない。わざわざ新假名遣いに改める必要は全くない。私は書けるようにもなりたいと勉強を始めたがまだ無理である。

この小説は文語文なので正假名遣いそのままである。これは良い。しかし何故手間をかけて新字体に改めなければならないのか?正假名づかいにマガイモノ新字体が混じって実に見苦しいし、何よりいくつかの文字、本来別の文字を統合して新字体にしたものは、元はどれだったか頭の体操を強要される。

例としては 餘(あまる)と余(わたし)を統合した余“(上記の引用にもある)や、

辨(わける)、瓣(はなびら)、辯(<ことばで>あきらかにする)、弁(かんむり)の4つを統合した“弁”などである。もっとも現代語の弁にはかんむりの意味はないが。

あまらぼ鍋屋町

2017年10月 4日 (水)

英文精読術・英文翻訳術・英文読解術

いずれも行方昭夫著 DHC それぞれ201511月、20167月、20171月、

このように立て続けに刊行された。レヴェル(おおむね難度)は刊行順ではなく、「読解術」、「精読術」、「翻訳術」の順に上がると考えてよい。

英文を正確に読むための訓練の本である。翻訳は別とは言えない、真に理解するためには翻訳できる(=自然な日本語になる)くらいにならなければいけないというのが氏のスタンスである。

近年の日本の英語教育の風潮は会話重視に傾こうとしていて、文法よりもとにかく会話が強調され、英語学者や英語実務者にはこれに疑問を呈する方が多い。もちろん読み書き聞き話すという4つがバランスよくできるようにならければいけないが、母語ではなく第二言語、第三言語、、の獲得には文法を理解習得することが缺かせない。会話で発音は重要であるが、母語同然に聞き取り話せるようになることは特別な例外を除いて不可能である。例えば西歐人の高名な日本文学者でも、喋るのを聞くと所謂「外人らしい」日本語から抜けていない方も多々いらっしゃる。しかし決して聞き辛くはない。文法的に正確な日本語であり、語の選択が適切でロジカルな話し方だからである。

もっとも行方氏は従来の英語教育により日本人は「会話はできないが英語を読んで理解することはできる」という世間一般の見解には与されていない。だからこそ真に英語を読めるようになるための諸著作を世に出してこられたのである。私もそれらの著作はいくつか読んで、それこそ「頭をガツン」とやられる点が著作ごとに何箇所かあった。

今回の3著作はこれまでの氏の著作、あるいは他の語学書と異なり、とにかく懇切丁寧に優しく(易しくではない)を旨としている。其の為スペースをたっぷりとった贅沢なレイアウトになっている。また、モームの短編を丸ごと一冊読んでいくことにより飽きさせない。

「読解術」では

本文を小セクションに分け、語釈、イディオム、設問 となっていて、更に

設問に対する正解、質疑応答、訳が記載されている。また(主として若い)学習者用に英語よろず相談室(Q&A)があり、そこには行方氏の若い頃の学習史もかなり詳しく記されている。

「精読術」では

本文を小セクションに分け、さらに12文毎に分け、語釈、試訳、決定訳、解説が記されている。次の「翻訳術」でもそうであるが試訳と決定訳の差には、訳として自然な日本語になっているかどうかだけでなく、そもそもきちんと読めているかどうかを自ら確認するための指摘も多い。

「翻訳術」では

本文をセクションに分けた後、さらに小セクションに分けて

若干の語釈を加えたあと、本文からのアプローチとして解説があり、試訳と翻訳が示される。そして、試訳からのアプローチとして更に解説がある。

翻譯の心得その1、2「暗記用例文集」として合わせて100の文が挙げてあり、その1では各文に実に詳細な解説が、その2には翻訳テクニック毎に数頁の解説がある。

また、ユニークなのは文法解説の詳細や参考例を「英文法解説(改訂第三版)」江川泰一郎 金子書房19916月 に委ねてある、つまり同書の何頁のどこどこを見よとの指示されているところがあることである。これは特に「精読術」に多い。当然(故)江川氏の諒解のもとに行われている訳だが、非常に有効なやり方である。*

繰り返し強調されていることは、少しでも疑問に思ったら「まず辞書を引け」である。それを怠ってエエ加減な推測をしても誤解・誤訳に終わる。

日本の「外国語-日本語」辞書は実によくできている。とくに英和辞書は殆どのものがすばらしいのである。鍋屋町は時々重箱の隅をつついてみせるが、それこそ枝葉末節である。大抵の場合は該当する訳語、それが無くても類似の概念が見つかるのである。

これは日本語が同系統の言語が存在しない孤立言語であることも寄与しているのであろう。丁寧に説明しないと分からない、誤解を招くという事項が多々ある。

数年前にオーストリアの語学学校で短期受講したことがあるが、その時に他国からの受講生が使っていた「露独」「伊独」といった辞書は、まるで単語帳のようなもので、説明が殆どないのに驚いた。逆に言えば、縁戚にあたる言語の話者である彼らにはそれで充分なのであろう。

とにかく文句のつけようがないシリーズであるが、イチャモン大好き鍋屋町としては、どうしても書いておきたいことがある。

それはサブタイトルが「餘りにもアホらしい」ということである。

つまりサブタイトルを附けて並べると

英文読解術 東大名誉教授と名作・モームの「物知り博士」で学ぶ

英文精読術 東大名誉教授と名作・モームの「赤毛」を読む

英文翻訳術 東大名誉教授と名作・モームの「大佐の奥方」を訳す

オオモノ、真に優れた人に肩書きは要らない。英文学者として傑出し、特にモーム研究の大家である行方氏を凡百の東大名誉教授と一緒にすることは、非常に失礼である。東大教授や東大名誉教授だからアリガターイと思うのは軽佻浮薄である。営業政策とはいえ情けない。

注*:この本は1953年初版、64年改訂版発行なので私も高校時代に改訂版を使うてたのかな?と思ったが、どうも記憶に無い。今回購入して念のために行方氏の指示通りに該当箇所を読んで確認したが、よくできた文法解説書である。

説明や例文のあとに書いてある<<参考>>、「解説」が痒いところに手が届くようで、さらにうっかりミスをしないように、注意を喚起していて、「ああそうや、こういうニュアンスや!、用心用心」というのは何点か(具体的に何かは個人的秘密!)あった。活用していこうと思う

あまらぼ鍋屋町

2017年10月 1日 (日)

比較で読みとくスラヴ語のしくみ

三谷恵子著 白水社 20167

白水社に「xx語のしくみ」というシリーズがある。シリーズでも全てを読む人はまずいないだろう。そのXX語の超入門というか、入門以前というか、紹介の本である。この本はそのシリーズの兄貴分、おっと姉貴分である。

読後感-というのは語学書に対して適当ではないかもしれないが-を一言でいえば、疑問に答えてくれるとともに更に好奇心を刺戟する本である。

文字と音のしくみ

語のしくみ

文のしくみ

からなり、全体で250ページ弱とコンパクトで読み通すことが期待されている。

記述はどの項目も2ページに収められている。これは「XX語のしくみ」に倣っているのだろう。あとで読み返すときなどに見やすいが、「紙面の都合上(涙)いきなり答えにいきます、、、」と書かれているところがあるように無理もある。惜しい、そこ(その理由)を知りたいと思うところが出てくる。

扱われている言語は日本人にも馴染のある(いや、ほとんど無いでしょうねえ)ロシア語から、大抵の方がおそらくその名すら耳にしたことが無いであろう上ソルブ語、下ソルブ語*まで多様である。当然ながら「共通スラヴ語」(祖語)やスラヴ語最古の文献である古教会スラヴ語**もでてくる。

本文中に出てくるキリル文字による綴りには多くは読み假名がふってあるが、キリル文字の知識なしに読み通すのは辛いかもしれない。(度々書くが、ロシア文字という呼び方は誤りである。)

古教会スラヴ語の文字(キリル文字にないもののみ)と音は冒頭に簡単に説明されている。IPA(国際音声記号)については最新版のあるサイトを紹介してあるだけで、説明なく使われている。

鍋屋町が、ほんの少し分かるのはロシア語だけである。これも運用能力はない。大学で第二外国語として最低限「可」を貰わないといけないので、授業に出てテストを受けて答案用紙に名前を書いた。実はこうすれば、最低限「可」が貰えるというのがロシア語選択の最大の理由であった。まあ白紙ではみっともないので多少何か書いた。今にして思えば、鉄にもっと役立つドイツ語にしておけば良かったかとも反省するが、落第してはなんにもならない。

また最近は漢語(漢族の言葉という意味、所謂中国語)が人気だそうだが、当時は選択肢になかった。まだ臺灣を切って中華人民共和国と国交を結ぶ前で、かの国の蒸気機関車の状況についてもほとんど知られていなかった。

の大学時代のロシア語の試験の思い出である。

ある学生「試験問題のY番が汚れていて読めません、取り換えて下さい」

ロシア語のU先生「君は新聞の印刷が汚れていたらイチイチ新聞社へ電話して取換えを頼むのかね?そのまま判読しなさい」

 まあ、答えに何が書いてあっても落第させない心算だから言えることである。

U先生は先年亡くなられた。イマドキこんな度胸のある先生はまだいらっしゃるだろうか?

本のご紹介から大幅に脱線してしまったので戻ります。

この本は其々の言語について概観するものではない。あくまでも比較し「しくみ」を見ていくことに重きを置いている。つまりこれを読んでロシア語とかポーランド語とはどんなものだということを知るのは無理である。其々の言語についての概要(もちろん超概要であるが)を知るには同じ著者の「スラヴ語入門」三省堂2011年がよい。というか日本語で読めるものとしては現在容易に入手できる唯一かもしれない。

一箇所だけ誤植というかミスを見つけた。

P.62 コラム 同じ音を表す2つの文字 のなかの表(チェコ語とポーランド語とロシア語で「狭い」と「ナイフ」を比較)であるが、ナイフのところロシア語がキリル文字表記の нож ではなくnožとなっている。これはロシア語のキリル文字のラテン文字翻字ではない。セルビア語だろうか?

 

注*:「神様がラウジッツを創造され、悪魔がそこに褐炭を埋めた」という諺がある。ドイツ語圏(ドイツ東部)に残された唯一のスラヴ語であるが、ラウジッツ地方の褐炭採掘、ナチによるソルブ語使用禁止、その後もコンビナート建設、外部からの労働者移入などにより消滅の危機に瀕している。上ソルブ語は南部でザクセン州、下ソルブ語は北部でブランデンブルク州である。

**:古代教会スラヴ語とも呼ぶ(木村彰一の名著タイトルにはこちらが使われている)が、日本語の「古代」が喚起するイメージほど古くはなく、9世紀から11世紀ころである。

 
あまらぼ鍋屋町

2017年7月24日 (月)

漢文力

「漢文力」 加藤徹 著  中央公論新社刊20048月、 中公文庫20078

以前、「白文攻略 漢文法ひとり学び」(白水社)について触れたことがあるが、

http://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/2-634e.html
その著者が広島大学時代の講義を元に作られた本とのことである。加藤氏は現在、明治大学教授、専門は京劇とのことであるが、漢文・漢語(いわゆる中国語)も教え、また小説家でもある。

漢文の読み書きの本ではない

「思考を鍛える道具としての漢文」を読み二十一世紀の諸問題を考えるための論説力を鍛えることを目的とする、とある。まあ-特に論説力云々は-ちょっと大袈裟すぎるように思うが、謂わんとすることは分かる。

五部からなり各部3~5章の構成なので、各章が講義1、2回の素材だったのだろうか。内容は独立しているので、それぞれの拾い読みができる。

構成は白文(本来は漢字だけがずらずら並んでいるモノ、この本では句読点は附いている)、訓み下し文、現代語訳と並んでいるが、漢文の語法解説、使用されている漢字の解説は一切なしである。そのあと講義調の説明論説と続く。

ベースが大学の(教養部かな?)講義なので、著者ご自身が反省と書いていらっしゃるように説教調が気になるところもあるが、結構、知らなかったなあ!という事項が多くて面白い。まあ誰かさんがいいトシして教養不足ということであろう。

いろんなエピソードが紹介されていて、その大部分が興味深いが、私が一番印象に残ったのは次である。

花園口決堤事件(日本では当時は黄河決潰事件と呼んだ。現在は「決壊」と書くことが多いが「決潰」が本来の書き方である。)

敵軍の進行を食い止めるために、自国や占領域の道路や鉄道、特に橋梁の破壊は珍しくないが、堤防の破壊は禁じ手である。生物兵器や化学兵器の使用に匹敵する。

「漢文力」から引くと

  、、、紀元前六五一年、斉の桓公、、、、一種の国際条約である「葵丘の盟*」を、、、結んだ。、、、第五条で「防を曲ぐる無かれ」(堤防を切ってはならぬ)、、、、初めて破られたのは、二十世紀の戦争でした。一九三八年六月九日、日本軍の進撃に恐れをなした中国軍**は、鄭州の花園口で黄河の堤防を切って人口の大洪水を起こし、、、、、、この洪水で河南・安徽・蘇州の広大な地域が水没し、住民の死者は数十万人にのぼったと、、、、

*:読みは、キキュウノメイ

**:(引用者注)この中国軍とは国民党軍のことである。

敵の日本軍へのダメージより自国民へのダメージ、その後の国土荒廃が凄まじい。

沖縄戦で日本軍が沖縄住民を殺害したり、自決を強要したりという話が(どこまで真実でどこからが誇張・虚構かはともかく)傳えられているが、それこそ桁違いである。

中国共産党の非道な行いは現在もなお続いていて、いろいろと報道されているが、当時の国民党も負けず劣らずだった。

もちろん、他国を侵略した日本が元凶であることは言うまでもないが、これは残念ながら後講釈である。当時はそういう世界情勢で、日本やドイツは身の程を辨えずに、英米仏蘇などを先達と見做し真似をしたということである。

他国占領、植民地などは「経済的に儲からないから」しない方が良いと<積極的に>考えた(=先を見通せた)経済学者・政治家は石橋湛山などごく少数であった。他国への進出侵略をしない方が良いと考えた謂わば良識派の人も大部分は、「無理だろう(=英米に負けるから)」くらいな<消極的な>考えであったとされる。

この点についてもこの本の戦略・戦術・戦闘術のところで「南轅北轍(なんえんほくてつ)」という成語を挙げて紹介している。轅は「ながえ」車の前方に突き出した棒、轍は「わだち」、進行方向を間違えていることを言う。つまり戦略の過ちは戦術では補えないこと。

この本は韓国語と漢語(所謂中国語)にも翻訳されているとのことで、韓国にはともかく本場にも日本人の書いた「漢文の知恵」が逆輸出されているわけである。

ついでながら朝鮮語や越南(ヴィエトナム)語の文化圏では日本と同様につい近年まで漢文が謂わば公用語であった。朝鮮語については漢語由来の語彙がどの程度あるのか知らないが、ヴィエトナム語はその単語の7割くらいが漢語から取り入れられているとも聞く。ヴィエトナム駐在時に街のローマ字#の看板や表示を見ながら、これが漢字やチュノム##で書いてあったら、ある程度は推測できるのに惜しいなあと思ったことである。

#:ヴィエトナム語ではローマ字によるヴィエトナム語表記をクォックグーと呼んでいる。なんのことはない「国語」!である。

##:字喃、漢字をさらに複雑化したようなヴィエトナム語用の文字

あまらぼ鍋屋町

2017年7月21日 (金)

フランス語の綴りの読み方

 -正しい発音の出発点―と副題が附いている。 稲田晴年著 第三書房

フランスは旅行の経由地としてパリ(ついでに地下鉄とトラムの写真を撮った*)他にはミュールーズの鉄道博物館と米軌および標準軌の保存鉄道ソンム湾鉄道Le Chemin de Fer de la Baie de Sommeしか行ったことが無い。私の周りの鉄友はどちらかと言うとドイツ語圏愛好家が多く、私もまあそうである。とっつきにくく冷たい感じでも諸事キチンとしている方がストレスを感じずに済む。

しかし、フランスにもかなりのナロー保存鉄道があるので訪問してみたい。昔はフランス人は英語を知っていても喋らず、フランス語のできない奴を莫迦にすると言われたものだが、最近はそれほどでもない、、、、らしい。

今更フランス語を身につけるなんて野望は抱かないが、訪問先の鉄道で手に入れるであろう本やパンフレットの拾い読みくらいはしたいし、現地ではごく簡単なことでも喋れる方がよいのは言うまでもない。日本へ来る観光客のことを考えれば、假令エラソーに英語だけで押し通されても、コンニチワ、アリガトとカタコトででも言われる方が良いではないか。

しかしフランス語はどうもとっつきにくい。読まない文字が一杯ある、鼻に掛った気取った感じの発音、単語を続けて一つのように発音するリエゾン**やアンシェヌマン***など、どうも印象が悪いのである。

フランス語に関する本を見ると、フランス語は世界でこんなに使われている、などと書いてあるが、鉄の観点からみるとフランス、ベルギー、カナダのケベックくらいが重要で、アフリカのどこそこなどと例を挙げられても「そんなとこには保存蒸機どころか鉄道そのものが無いやんけ」と言いたくなる。

さてここからが本題だが (いつも詰まらん前置きが長い!)

フランス語の綴りと発音の関係は規則的であると言われる。たしかに英語は出鱈目である。規則らしいものはあるにはあるが例外ばかりで、傾向に過ぎない。一つづつ覚えるしかない。

でもそのフランス語の規則的と言われるものが、本や辞書であまり丁寧に解説されていないのである。初学者に阿って簡単に書きすぎている本は別として、一通りは説明してあるのだからしっかり読まない奴が悪いし、辞書は丁寧に引けということではあるが、、、、

例えば ドコーヴィルという会社がある(元は開発者・創業者の人名)ナローファンでこの名を知らない人はモグリと言ってよい。
Decauville、しかしフランス語の入門書を見ていくとillはイーユと発音すると書いてある。語末のeは大抵読まない(読まへんのやったら書かんでエエやんけ!)

え?ドコーヴィルではなくドコーヴィーユ?と迷いが出る。手元の辞書を見ても固有名詞は書いていない。イルとイユでは大違いだ。

この本の中身であるが、まえがき冒頭に

この本で扱うのは単語の「読みかた」であって、「発音」ではありません。初心者が「フランス語の発音は難しい」という場合、「発音」ではなく「読みかた」を指していることが多いようです。、、、、、、、」

語学書としては異例のスタンスである。永年教壇に立ってデキの悪い学生相手に苦労されてこられたのだろうと推察する。発音についてなら本を書けば評価されるだろうが、「読みかた」ではそれこそ学会や教師仲間から「何をアホなモン書くネン」と莫迦にされかねない。しかし初学者にとっては文字通り有り難い本である。

文字、文字の組み合わせの読み方が10の章(章とはしていないが)に分けて書かれ、その後に音節(の切り方)、動詞の発音の注意がある。最後に例外集、リエゾン、アンシェヌマンである。

要はこういう綴りはこう読みますとカタカナで示してある。説明の中にIPAInternational Phonetic Alphabet 国際音声記号****)はあげてあるしCDも附いているがそれらは言わばオマケである。

さてDeauvilleであるが、当然ながらこの本にもこんなものは載っていない。ただillは「ィーユ」だが例外があることがはっきり書かれている。その例外の中にvilleヴィルが挙げられている。ドコーヴィルでよい、納得。

*:現在某ラジオ番組のテキスト冒頭には地下鉄などで撮った写真を載せているが、地下鉄駅で写真を撮っていると、注意を受けることをこの担当者は御存知ないのだろうか?あるいは「俺たちは許可を得て撮影した、良い子は真似をしないように!」ということなのか?
**:単独では発音しない語末の子音を、次の語の頭の母音と繋ぐ、従って綴りを知らないとできない。
***:語末の子音を次の語の頭の母音と繋いで読む、リエゾンと違いもともと発音される子音である。
****:これの英語用簡略版が中学校で習う発音記号である、、、、と書いたものの、最近はあまり力を入れて教えていないらしい。

あまらぼ鍋屋町

 

誤記訂正しました。ご指摘ありがとうございます。(7月24日)

2017年7月14日 (金)

ウォールデン 森の生活 (その3)

 

名作の片隅の鉄道情景(5-3


その1で書いたように買ったのは今泉吉晴訳(小学館)であるが、最終選考!?に残ったのは飯田実訳『森の生活
 (ウォールデン)』(上下)、岩波文庫である。


タイトルがひっくり返っているが、この方が判りやすいという配慮だろう。

こちらには鉄道の写真が幾つかあったし、最初は価格の点からもこれにしようかと思った。訳文も今泉訳と同様にあるいはそれ以上に読みやすい(正直に書けば、読みにくいところが同程度に少ないというべきだろう)。しかしその写真はよく見るとオカシイ。写っているカマが結構大きく、古典機らしくない。写真注記*を見ると1920年撮影とあった。著者ソロウは19世紀の人、ウォールデン池の畔で森の生活を送ったのは1845年から47年だ。


これでは川端康成の雪国(初版
1937年、上越線開通から6年後)の有名な「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」の参考写真として、デッキ附きの電機ではなくEF64 (上越線へ本格的には79年から)やEH200(上越線へは2009年から)の写真を使うような時代差がある。もっともデッキ附きでも戦後製が多いので要注意だが。

また岩波版に添えられている写真の線路は立派な複線である。本の購入後読んで再確認したが線路は単線である。その単線の描写を今泉訳から引きます。

 

、、、反対方向からやってきた二本の列車は、互いに相手が近づいてくるのに気がつくと、警笛を鳴らし、進路から外れて待機するように警告するのですが、それらの警笛が、時に二つの村を越えて、私の耳に達しました。さあ田舎よ、、、、、

 

(なお、飯田訳では「互いの相手」のことを列車とは解していない、あるいはそう解した上で列車利用者乃至積荷のように訳している-これは私にはおかしな解釈だと思えるが-のでかなり感じが違う。)


アメリカの鉄道創業期ならではのシーンと言える。単線の路線での安全確保はどうやっていたのだろう。

 

電話?それはまだ存在しない。最初にイタリア人アントニオ・メウッチが電話機を試作したのが1854年頃とされる。子供の頃に電話の発明者と間違って**教えられた有名なアレクサンダー・グラハム・ベル(米)の特許が1879年である。

 

電信は?モース(Samuel Finley Breese Morse、米、日本ではふつうモールスと称している)の電信開発は1836年頃、アメリカの連邦政府が電信に取り組むのは1840年代前半からである。コンコードの電信敷設は1851年である。

 

大陸横断鉄道の発展と電信の利用は大雑把に電気通信関係や鉄道関係の書籍に記述されることはある。しかし電信の実用化の最初期の個々の中小の鉄道の電信利用はどうだったのだろうか?電信実用化とともに最優先で整備されたとはちょっと考えられないのであるが、、、

 

どんどん餘談に入ってしまうが、これで思い出したことがある。アメリカではなく、中華人民共和国広西壮族自治区である。

 

96年か97年だったと思うが、東京のAさんと建設型の牽く貨物列車の写真を撮りに行った。踏切番の小屋で通過時刻を探ろうとした。何時来るの?などと訊ねても「不知道=知らん」で片附けられるので、通過時刻の予定表や記録などを見せてもらうのである。タイミングが良い場合には、列車が近隣の駅を発車していれば電話連絡が入っているはずだ。

 

なんとこの踏切小屋には電話が無かった。もちろん電信などほかの通信設備もない。ではどうやって列車の接近を知り遮断機を下すのか?ただひたすら耳が頼りなのであった。更に驚いたのは置いてある列車通過時刻表がダイヤ改正前のものであったことだ。鉄道の最優先事項である安全に関してこの程度のいい加減さ・乱暴さなのである。この国では何が起こっても吃驚してはいけないことを再認識させられた。

 

*:これらの写真は訳者あるいは岩波書店が新たに組み合わせたものではなく、プリンストン大学版「写真附きウォールデン森の生活」にあるH. W. Gleasonグリーソン撮影のものを全て収録したとのことである。鉄道だから鍋屋町の節穴の目でも気が附いてイチャモンをつけたわけだが、他の分野でもウルサ方の目で見るわかる時代差がきっとあるのだろう。

 

**:当時は少なくとも日本ではマチガイとは認識されていなかったのだろう。蒸気機関車の発明者はスティーヴンソンと教えられたのと似ている。ただ電話の場合は国籍が違うので国の面子やイメージ戦略が絡む。

 

ウォールデン 終わり

 

あまらぼ鍋屋町

 

2017年7月13日 (木)

ウォールデン 森の生活 (その2)

 

名作の片隅の鉄道情景(5-2

ソロウの態度考えとしてはまずは近代文明の申し子たる鉄道への反発である。これが基本であろう。(次の引用は第1章「経済」、また本記事中の引用は全て今泉吉晴訳からである。)

 

、、、、、汽車に乗れば、今すぐフィッチバーグへ訊ねて来れる(ママ)のにね。」けれども私には、そう考えない分別があります。、、、、、

 

鉄道についてもっとも多く集中的に触れているのは第4章「音」で10ページにわたる。

 

大部分のソロウの鉄道に対する態度・記述はアンビヴァレントである。

 

フィッチバーグ鉄道は、私の森の家から100ロッドほどのところで、ウォールデン池に近づきます。そこで私は、村に出掛けるときはいつも線路に沿って歩き、線路を通じて社会につながります。線路の脇をあるいていると、、、、、、、

 

、、、線路の脇であまりひんぱんに私を見かけるので、、、、、

 

簡単に言えば犬走りを歩いているのである。今のコンコードでやったら一発で捕まるか下手すればホールドアップだろう。

 

そして、このようにも鉄道の比喩を使う。

 

、、、、私もできたら、地球の軌道のどこかで、軌道の補修員として働きたいと、、、、

 

突飛な表現であるが、ソロウの環境保護に対する気持ちの表れであろう。

 

ソロウの思想と離れるが、ここで訳語などの選定についてである。面白いのは今泉訳では“whistle”がすべて「警笛」と訳されていることである。

 

蒸気機関車の警笛は、夏も冬も一年中、私の住む森に入ってきました。、、、、、

 

「汽笛」という言葉はご存知ないのか?もう使わない過去の単語だとお考えなのか?お歳は私よりかなり上である。高齢者でも最新の言葉遣い?をされる方は結構いらっしゃる。冒頭のラ抜きもその証拠かもしれない。もう数年前になるが私が心底驚いたことがある。蒸機を撮影した私のポジを見て(蒸機だということはハッキリわかる撮り方である)「このデンシャは、、、」と私より年上の人が言い出したことである。

 

また、土木関係については訳語選択や文意の訳で疑問点が幾つかある。それは承知の上-つまり生物などに関することは間違いがあっても私には気づくことすらできないが、この辺りは私の知識で誤りや疑問点がかなり分るだろうと考えて-で購入したのであるが。例えば、これは第一章「経済」のなかだが

 

、、、線路に出ると、「路床」の「黄色」の礫の連なりが、霞がかった、、、、(カギ括弧は引用者)

 

これはroad bedで、実際に示す部分により日本語は異なる。「路盤」あるいは「道床」が定訳である。またこの黄色は茶色と訳した方が日本人のイメージに合っている。英語のyellowは日本語でなら茶色と言う範囲を少し含むのである。

 

また次の<>部分の訳文は私には理解不可能である。なお<>は引用者が附した。

 

、、、、丘のすべてに、同じ種類の丸石が豊富に含まれているのを観察しています。そのため、池の近くに切り通しを掘って鉄道の線路を敷設する時には、切り通しの両側の斜面に丸石を積み上げて<片づける>必要がありました。

 

ソロウの思想に戻る。大いなる皮肉が書いてある。

 

たくさんの車輛を一列にして牽く蒸気機関車が、夜空を進む惑星のように、、、、地球にふさわしい、人間よりもっとすごい生き物が誕生した、と思ったり(ママ)します。、、、

 

、、、、けれども、この鉄の馬は、、、、人を超える生き物の誕生、と言わざるを得ません(私には、人々が鉄の馬に新たな着想を得て、どんな翼を持つ馬や火を吐くドラゴンを神話に加えるのか、見当もつきません)。(引用者注記:この( )は原文通り)

 

20世紀初頭からの航空機、20世紀後半の宇宙への進出を見たらソロウはなんと思っただろうか。続けてこうある。やはり基本的には文明の利器には懐疑的である。

 

でも、それは鉄道のすべてが、言われる通りに良きものである、としたらの話です。はたして人は、高貴な目的のために、自然のさまざまな構成物を上手に働かせているでしょうか?

 

話は飛ぶが、数十年前アメリカに居たときストラスバーグ鉄道Strasburg Rail Road (ペンシルヴァニア州)とその起点にあるRailroad Museum of Pennsylvaniaの撮影に行ったことがある。この近くにアーミッシュの村落・共同体がある。アーミッシュはドイツ系移民の末裔のキリスト教の一派で、近代文明を拒否し移民当時の生活様式で自給自足の暮しをしている。自動車や電気は使わない。移動は馬車である。しかし公道を走る以上はウィンカー(米語ではblinkerなど、英国ではindicatorなどと呼ぶ、いずれもwinkerとは言わない)が無いと法律違反である。この点だけは彼らも電気を使わざるを得んのか、と後ろを走りながら妙に感心したことを覚えている。バッテリーだろうがその充電はどうするのだろうか?現在何を使っているのか知らないが、もし環境に良いと考えて太陽光発電を使っているならそれは拒否すべき近代文明中の最新テクノロジーである。

 

ソロウは文明の利器に懐疑的であっても、科学理論の進展に否定的ではない。博物学者なのでダーウィンの「ビーグル号航海記」をいち早く読み感銘を受けている。進化論の「種の起源」はこの「ウォールデン」より後1859年の刊行であるが、彼はダーウィンの支持者となっている。なお、アメリカは現在でも進化論に否定的な態度をとる人が他の文明国と比べて突出して多く、「進化論を学校で教えるな!」とか「進化論を教えるなら、神による創造も同じ時間を掛けて教えろ!」とか言う人が支持を集める迷信の国でもある。

 

鉄道と雪についても触れている。人の営み・努力についてはもちろん肯定的である。

 

、、、、私はメキシコ戦争の前線、ブエナビスタで三○分持ちこたえた兵士の豪胆さより、除雪列車に冬の間じゅう泊まり込み、警戒を怠らない鉄道員の明るい勇気に感動します。、、、、

 

、、、人々の記憶の中で、、、、恐怖の酷寒となっているあの記録的な“大豪雪の日”のような、、、

 

この大豪雪の日は1717年の大豪雪The Great Snow of 1717のことだそうで、積雪100170cm、吹きだまりで760cmとのことである。単純に数値では日本の豪雪記録(伊吹山の積雪1182cm、世界記録)と比べるとずっと小さいが、開拓入植時代であり被害は甚大だったのであろう。

 

もう1回続きます。

 

あまらぼ鍋屋町

 

2017年7月12日 (水)

ウォールデン 森の生活 (その1)

 

名作の片隅の鉄道情景(5-1

 

原書は”Walden, or Life in the Woods” by Henry D. Thoreau

 

19世紀アメリカの思想家・随筆家・博物学者であるヘンリー・デイヴィッド・ソロウの著作である。

 

環境保護の先駆けとも見做されているので、会社勤めでそれに関連する業務にも携わったころ、この本は読んでみたいとは思っていたが切っ掛けが無いままで、忘れはしないものの時間が過ぎてしまった。あまりにも有名なレイチェル・カーソン「沈黙の春」はそれ以前に読んだ。念のために申し添えるが両者の時代背景も、著者のスタンスや目指すところも全く異なる。

 

ある朝、目覚まし代わりのラジオで「森の生活」の中に鉄道のことも触れられていることを知った。まさか!である。遅くなったが読んでみようと調べてみると、邦訳がいくつもある。ネットで適当に買うわけにはいかない。数日後某大書店に行った際に見比べて購入した。訳文の出来栄えはかなりの差がある。良いほうでも残念ながら読みやすくない文章が混じる。どれとは言わないが選択しなかったものには、「陰干しにして煙草入れの緒〆(おじめ)にでも」と言われかねない鍋屋町の目で見てもチャンとした日本語になっていない文章が散見される。

 

アメリカでは高校生にも読ませるとも言われるので原文では難解な本ではないだろうが、日本語に訳しにくい英語なのだろう。また注を入れないと理解できない博物学的な事項が多く、歴史的、宗教的(聖書の引用など)背景を知らないと表面的理解に終わる事項もおとらず多い。

 

購入した訳書は 今泉吉晴訳 小学館、2004 である。最近文庫本がでた。早まった、残念。最終的に今泉訳を選んだのは、訳文の読みやすさの他には注を章末や巻末に纏めるのではなくそのページに載せてあり参照しやすいことがある。また私の特に苦手な動植物に関して注が相対的に充実していると思った。ただし、他の分野について餘計(はっきり言えば、そんなん当たり前ヤン!)と思える注も少し混じっている。また地図や挿絵も相対的に優れている。もう一つ良いと思ったが選ばなかった訳書について別途書きます。

 

ウォールデンというのは池の名である。米国マサチューセッツ州コンコード、ボストンの中心から西北西へ直線距離で20km餘りのところにある。

 

著者はずっと森の生活をしていたのかと想像していたのだが、実際にウォールデン池の畔に小屋を建て住んだのは2年餘りだけで、その後はまた街に戻っている(軟弱!?)。文明を拒絶したわけではない。

 

登場するフィッチバーグ鉄道Fitchburg Railroadは現在はMBTAMassachusetts Bay Transportation Authority:大雑把に言えばボストンの都市交通)のフィッチバーグ線となっている。この鉄道は当ブログで触れたhttp://dampflok.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-2162.htmlボストン・アンド・ローウェル鉄道Boston and Lowell Railroadの支線として建設されたCharlestown Branch Railroadに接続する形で会社が設立され建設が始まった。コンコードまで延長された、つまりウォールデン池のほとりを走り始めた、のは1844年でソロウが森の生活を始めた直前である。ちなみにソロウは工事関係者の小屋を購入して解体し、その木材を利用している。

 

背景説明だけで長くなりました。ソロウの鉄道への態度は次の記事にします。続く

 

あまらぼ鍋屋町

 

2017年6月 9日 (金)

クローディアの秘密

名作の片隅の鉄道情景(4

アメリカにニューベリー賞(the John Newbery Medal)という児童文学へ与えられる賞がある。アメリカ国内で前年に出版された英語の本、さらに著者はアメリカ国民或いは居住者などの条件があり世界的な賞ではないが、世界で一番古い児童文学賞である。

この賞の1968年の審査で面白いことが起こった。なんと同じ作者の二つの作品が一位を争ったのである。その一位、即ち受賞作がこの作品である。*

随分と少女趣味のタイトルであるが、原タイトルはFrom the Mixed-up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler (ベイジル・E・フランクワイラー夫人のごた雑ぜファイルから) 著者はアメリカのE. L. Konigsburg (カニグズバーグ) 1967年出版 日本語訳は松永ふみ子1969年で、カニグズバーグ作品集(岩波書店)および岩波少年文庫(多少修正有とのこと)で入手可能である。

主人公の12歳の少女クローディアは4人きょうだいの一番上、下は弟ばかり。

「なんでウチばっかり、いろんなことやらされなアカンの!」と怒って家出をする。しかし突発的に切れたのではなく、用意周到である。

すぐにバレる友達や親戚の家ではない。公園や野宿なんぞで生活レヴェルを落とすのは真っ平御免!ピクニックでも虫などが嫌いである。(都会の子の観点、此の頃から現れた児童文学の新しい流れだろうか)

ちゃんとトイレがあり、暖かいシャワーは無理でもちゃんと水浴びはできて着替えもできる。そしてなにより快適なベッドがある。そんな所がどこにある? なんと美術館、ニューヨーク市**のメトロポリタン美術館である。

小遣いをしっかり貯め、しかも一人で決行するのではなく、相棒にきょうだいの中で一番経済観念の発達した弟のジェイミーを選ぶ。ストーリーの本筋はその美術館で見たミケランジェロ製作のものかもしれないという天使の像をめぐって展開する。日本語訳でいう「秘密」もこれに関係している。

しかし鉄が気になるのはやはり鉄道のこと。クローディアはGreenwich(グレニッチくらいに発音する。コネティカット州西南端の都市)に住んでいる。ここからはニューヨークへは45km(現在のダイヤで)小一時間、通勤する人がかなり居て彼女の父もそうである。

現在はMetro NorthNew Haven Lineである。当時はNew York, New Haven, and Hartford Railroad NH)、NHはこの小説出版の翌68年にPenn Centralと合併し、そのPenn Central70年に破産し、、、と紆余曲折を経ていく。

二人はこの線に乗って家出する。残念ながら車輛外観や路線の描写はないが、いろいろと周辺描写がある。

クローディアは家出準備の中で屑籠の中から回数券を手に入れるが、一枚ものの10回券で最下部に順に9回目まで入鋏し、最後は車掌が回収することが書かれている。別のところで色は赤であることが分る。

訳を読んでわからなかったのが「箱から箱へと通路をつたわって、、、、座席を二つ見つけました」であった。アメリカの近郊列車だからコンパートメントではないはずだ。まさか日本語俗語のハコ師(念のため、掏摸のことです)のハコ(つまり車輛)などという言葉が子供向けの本に出てこないだろう思ったが、どうしても気にかかって原文を読んでみると walked up the aisles of one car then another,,, そのまさかで、なんと車輛carの訳語に「箱」を充てていた。

また、ここで電車と訳されている。原文は当然trainである、EMU (electric multiple unit) なんぞという言葉は善良なる一般英語人は(多分)知らないだろう。最近の何でもかんでもデンシャの風潮かと思ったがどうもそうではない。***

此の頃にはNHの近郊線は電車化がすんでいた筈で、これで正しいのである。

終着は地下駅のグランドセントラル-ぼんやりとしたあかりの中の、ななめになったコンクリートの道を、、、と描写されている。中央駅と訳されている。訳としては正しく違和感を持つ方がオカシイのかもしれないが、鉄はカタカナのままグランドセントラルと言い習わしている。正式名称はグランド・セントラル・ターミナル。それに従ったためか「駅」という語も普通は附けない。

ジェイミーが鉄であったら、グレニッチで別の電車が来るまで待たせたり、美術館に行く前にグランドセントラルで電車や機関車を見たくてウロウロしたり、とストーリーを面白く?できるのだが、著者が女性であるためか(<偏見!)それはない。

もっとも家へ戻る(実際には物語の語り手である大富豪、フランクワイラー夫人のいるコネティカット州ファーミントンFarmington, Connecticutに行く)相談の時に、<違うやり方なら地下鉄で125th Street 125丁目)まで行って、、、>と経路選択を述べる際に男の子らしさ(<これも偏見!)を見せる。

<超個人的感想>

グランドセントラルに着いた後、ジェイミーはクローディアがメトロポリタン美術館まで「タクシーに乗ろう」と言うのを、バス利用(一人20セント)どころか40ブロックを歩かせてしまう。彼の始末屋ぶりは、この齢になってもタクシーに乗るのに罪悪感を覚えるケチな鍋屋町には共感が持てる。

あまらぼ鍋屋町

以下、蛇足の注

*:ちなみに次点は「魔女ジェニファとわたし」(原タイトルJennifer, Hecate, Macbeth, William McKinley, and Me, Elizabeth)である。この本の方が12歳前後の少女の感性にずっと沿っているという評価もあり、読んでみたが確かに(オジンにとっても)面白い。またクローディアの秘密と違い、主要な筋に大人が入って来ないところが良いと思う。なおこれにも「親が電車でニューヨークに通勤していて、、、」という趣旨の記述はあるものの鉄道シーンはない。日本語訳は同様に松永ふみ子で、カニグズバーグ作品集および岩波少年文庫で入手可能である。

**:日本では通常ニューヨークと言うだけでニューヨーク州ではなくビッグアップルの方をイメージするが、英語では州と区別するために律儀にNew York Cityと言うことが多い。この本の訳でもニューヨーク市としている。住所を読み上げるときはニューヨーク、ニューヨークというのを聞くが、これはニューヨーク州ニューヨーク市ということ。日本語で京都府京都市とか大阪府大阪市などと聞くと、「そんなん、分かってるやんけ、クドイ」と思うが。

***:最近の英語口語では個々の車輛を“train”という人が多い。私が英語で読むのはほとんどが鉄雑誌か鉄本で、それらには当然ながら現れないので、一般的な本や雑誌にこういう(謂わば)誤用が出てくるようになっているかはわからない。

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